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目が覚める。
ちりちりと、思い出したくない男のことが、頭をよぎる。
頭から追い払いたくて、柘榴を食べる。
そしてMr.Rに抱かれる。
快楽の狭間で溺れている時だけ、何もかもを忘れられる。
何も考えなくていい。
すべてを忘れていい。
そう言われることに心底安堵して、
たぎった情欲のままに、声をあげる。
繰り返し。
繰り返し。
はじめは優しく与えられたソレは、自分の肥大する欲望に合わせるように
どんどんとエスカレートして。
イク瞬間、頭を真っ白に染める。
気持ち、いい。



なのに目が覚めるとまた、頭の端に、記憶が見える。
だからまた、逃げる。
繰り返し。





「もう、名前なんて捨ててしまいましょう」
事後。
Mr.Rがそう言って、御堂の髪を撫でた。
まだぴりぴりと達したあとの残響が残る身体で、上を見上げる。
「貴方は私の従順なお人形。
それでいいでしょう?
貴方はもうすべてを忘れると決めたのだから。
名前なんて、捨てておしまいなさい。
そうすれば、自分がなんて呼ばれていたかも、忘れてしまえる」
やさしく髪を撫でられる。
革の感触は、他の何とも違うから、何も思い出さずにすむ。
安心して、身を預けられる。
(・・・忘れられる・・・)
ならば、
捨ててしまおう。
何故かすんなりと、そう思えた。
こくり、首を縦に振る御堂に、
Mr.Rが口付けて、
そうして御堂は自分の名前を忘れた。





いつものように、記憶に苛まれて怖くなってMr.Rを呼んだ。
しかしいつもならすぐにどこからともなく現れて自分を抱く男は、今日に限ってなかなか現れない。
あわててベッドサイドに置いてある柘榴の実を食べる。
けれど今日に限ってなかなか記憶は消えてくれない。
身体はその実にだんだんと高ぶっていくのに、
べったりと、心の端に刻み込まれた男の笑顔が、
口元だけずっと見えているような錯覚に襲われて御堂は怯えた。
ドアの外へ出ようとするが、鍵が外側から掛かっているのか、ひらかない。
今まで一度も外に出ようなどと思わなかったから気付かなかった。
行き場を失い、のろのろとベッドに戻る。
ベッドの中、身体を九の字に折り曲げ、頭を抱えて震えていた。
(はやく・・・)
(忘れさせてくれ・・・)
永遠とも思える時間が過ぎて、ようやくドアが開く音がした。
思わずすがるような顔でドアを見る。
そこにはMr.Rの姿。
思わずベッドから出て、足元に縋りついた。
早く入れて欲しくて、真っ白に塗りつぶしてほしくて、
ズボンのチャックをあけようと手を動かそうとするが、
何故か今日はその手を留められた。
不安そうにMr.Rを見上げる。
「すいません。しばらく、ここを離れることになってしまいました」
いつものように、感情の欠片もない笑みを浮かべながらMr.Rがそう言う。
「貴方を抱いてあげられそうに、ない」
可愛い恋人に謝罪するように、甘い言葉を投げる。
嫌だ、というように首を振る。
そんなのは嫌だ。
ずっと一人で居たら、思い出してしまう。
・・・××のことを。
嫌だ。
嫌だ。
一人にしないでくれ。
欲望で、満たしてくれ。
そういうように縋り付くが、今度は容赦なく蹴られて床に転がった。
げほげほげほ・・・。
みぞおちを蹴られて、息が止まる。
床に倒れた御堂の髪をぐっと持ち上げて、Mr.Rが微笑んだ。
「大丈夫ですよ。
いいところに連れて行ってあげる。
めくるめく快楽と、爛れた欲望の城へ。
ご招待して差し上げますよ。私の可愛いお人形」
訝しげに眉を顰める御堂を気にせず、Mr.Rは左手に持っていたものを
御堂の目の前にチラつかせた。
「貴方のための首輪を持ってきました。
貴方が私のお人形だと言う証です。
この首輪に繋がれている限り、貴方は私のもの。
ずっとここに居られます。
もう、あそこへ還らなくてもいい。
ここに繋がれている限り・・・ね・・・」
そう言いながら、ゆっくりと革の首輪を御堂の首に巻きつける。

白い喉が鳴る。
「また帰ってくるから。それまでこれを着けて待っていて下さいね。
そうすれば必ずまた戻ってくるから。
大丈夫。
私がいない間も、貴方の欲望はすべて、叶えられる」



首輪の先の長い鎖をひっぱられるようにして連れてこられたのは、
おかしな、舞台のような場所。
ベルベットのカーテンが、猥らに掛かっている。
硬質な大理石の床に、Mr.Rの足音が高らかに響く。
そのやけに広い部屋に置いてあるのは、キングサイズのベッドと
革張りのソファだけ。
Mr.Rは鎖の端をベッドに繋いだ。
御堂はぼんやりとそれを見ていた。
今までと、何も変わらない。
ただ、ベッドの端に鎖をつけられただけのように見えた。
(所有の証だろうか)
そう考えると、少し背筋に期待するような快感が滲んだ。
「ここは、特別に誂えた、貴方のための部屋です。
ここに居れば、貴方を抱くために幾らでも男達がやってくる。
本当は、もっと強引に犯されたいのでしょう?
もっと手荒に汚されたいでしょう?
もっともっと、モノのように扱われたいでしょう?
塗れて、堕ちてしまえば、本当に何もかもを忘れられるかもしれないと、
そう思っているのでしょう?」
頬を、ひたひたと叩きながら、Mr.Rが言う。


違う、というように首を振った。
恐ろしくなる。
(はじめから・・・そのつもりで?)
突然この得体の知れない男が怖くなった。
(何者だ?)
顔がひきつる。


「駄目ですよ。もう逃げられません。
だって、貴方は本当はずっとこうされたかったんですから。
もっと、欲望に素直になりなさいと、前から言っているでしょう?
大丈夫。
目隠しをしてあげましょう。
これで、何も見えない。
貴方が誰か分かる人も居ない。
貴方はただ、善がり狂って居ればいい」
真っ暗な視界の中、革靴の高い音が、去っていくのだけが聞こえた。
そして、荒々しく閉まるドアの音が、絶望的に部屋に鳴り響いた。













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