回想-3







もう、何もかもが嫌だった。
監禁までして、人をどこまでも追い詰めながらも、
何かにいらだったように満たされない顔を見せる男のことも、
自分がこんな目にあっているのに、
何も知らず家に怒りの電話をかけてくる会社の人間も、
こんな状況で、それでも反応する自分の身体も。
そして、憎んでも憎んでもそれでもなお、一分の期待を捨てられないでいる自分自身も。

「どうして・・・」

佐伯が会社に行った後の部屋。
拘束されたままの身体。
朝日が、遮光カーテンの隙間から差し込む。
そのまばゆい光が目に痛い。
自分のいるこの暗い部屋からは、その光はあまりに遠い。
鞭の後が痛む。
首に短い鎖をつけられベッドの端に繋がれ、両手を後ろ手に縛られているから、
今日はろくに動けそうにない。
首を伸ばせば届く位置に、皿に入れられた水。
犬のように舐めればいい、そう言って、男は出て行った。
また扉が開くまでのつかの間の静かな時間。
あの扉が開けば、また永遠のように続く酷い責苦。
鞭受ける恐怖。
自分の何がそうさせるのか分からない、ひどく苛立ったような表情。
キツく拘束されて、イケないことが辛くて辛くて、
相手の望む言葉をいつか吐いてしまうんじゃないかと思うともっと怖くて。
結局耐え切れず意識を失うのが怖くて。
あの男が、怖くて。


「・・・何故」


疑問だけが頭をずっと巡り続けている。
何故こうなってしまったのか?
何故こんなことをされているのか?
お前は何を考えているんだ。
・・・私はどうなることを望んでいるのだろう。

解放?

けれど、あの光は今の自分には眩しすぎて、
自分があの光の下にいたなどとは、もう思えない。
(照らさないでくれ・・・)
こんな、堕ちてしまった、自分を。





(屈してしまえば楽になる)
何度もあの男はそう言った。
そうかもしれない、と思う。
屈してしまえば、身体も身体も投げ出してしまえば、
お前の足に跪いてご主人様とでも呼べば、
そうすれば案外お前も満足して、満たされた顔をして、
私を『可愛がる』のかもしれない。
理性なんて投げ打ってしまえれば、
少なくとも快楽は、自分の物になるのかもしれない。
頭をからっぽにしてしまえば、
この苦しみから、逃れられるのかもしれない。
・・・認めてしまえば・・・?



何を?



けれど、
きっとお前はそんな私に飽きて、
いつかきっと、捨てるんだろう?
ぞっとするような冷たい目をして、手のひらを返すお前が見える。
(俺が相手にしたいのは、プライドの高い、高慢なあんただ)
言葉が自分を拘束する。
膝をつき弱音を吐いた自分のことなど、お前は必要ないと確かに言った。
お前の求めるのは、お前に屈しない自分だと。
だからきっと足を舐めてしまえば、
お前はまたその苛立った顔をして、人の顔を足蹴にして、
舌打ちでもして、去っていくのだろう?

そうしたら私には、
本当に何も、何も残らない。
プライドも。
お前も。
何も。
何も。



ぞくり、背筋が凍る。
おびえ。
こんなものはお前が飽きてしまえば終わるゲームだと。
気づきたくない事実に気づいてしまう。
恐怖がどんどんと競りあがってくる。
失う。
何もかも。
お前が飽きてこの扉をあけることを止めてしまったら?
他にもっと張り合いのある相手を見つけたら?
お前の望みが本当は、MGNに入ること、ただそれだけだったら?
いつまでもお前の手に落ちない私に苛立ち、興味を失ってしまったら?



恐怖に、身体が震えた。
佐伯が出て行ったドアを、必死な形相で見つめる。
―――――
佐伯が帰ってきたら。
佐伯が、帰って来なかったら。
二つの恐怖が御堂を混乱に陥れる。
嫌だ。厭だ。いやだ。イヤだ。
日が昇り、じりじりとその光が自分の元へと伸びてゆく。
時間が、たってゆく。
イライラするほどにゆっくりと。
それでいて、胸をえぐるほどに、あっさりと。
その先にある答えを、胸元にナイフのようにチラつかせながら。




(・・・助けてくれ)




(ゆるして)














どこに行っても、何をしても、すべてが、
すべてを失うための始まりにしか見えない。



お前が何を考えているのか、
教えて、くれ。
お前が何を求めているのか。
せめて、それが分かれば、
自分がどうすればいいのか、分かる、から。

お前を憎めばいいのか、
拒めばいいのか、
堕ちてしまえばいいのか分かるから。





お前の答えが、



知りたい。














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