回想 2







昨日また、大きなミスをして、大隈専務に、最終通告とも取れるような皮肉を言われた。

(キクチの、佐伯君。彼はなかなか有能そうだ。引き抜きの話をしたら、応じそうな雰囲気だったよ。
有能な人間は君のほかにもいるんだ。
いつまでもその地位に甘えていては、いつか足元をすくわれるぞ。
最近ミスが多いし、君には荷が重い地位だったかな。どうやら私は君をかいかぶっていたらしい)

すべては佐伯のせいだと叫び散らしたいほどに悔しいが、ミスをしたのは自分だ。
会社にも取引先にも迷惑をかける訳にはいかないから、今日はその尻拭いに帆走した。
昨日は専務の言葉が、頭をぐるぐると巡って一睡もできなかった。
もう、ずっと眠れていない。
なんとかミス分を取り返したが、取引先にも怒鳴られた。
それだけのミスをした。その自覚はある。
社の仲間達の費やした時間をかなり無駄にしてしまった。

・・・気分が悪い。

体調をくずしているようで、頭がふらふらする。
なんとか外回りを終え社に戻る途中、糸が切れるように意識が途絶えた。


目が覚めると、そこには佐伯克哉がいた。
いつものように自分を虐めることはせずに、
叱咤して励ますようなことを言って去っていった。
・・・私は無様だ。
口の中が苦い。
あの男の前で、僻むようなことを、弱音を吐いた。
あの男の前でだけは、弱いところだけは見せてはならないと虚勢をはっていたのに、
吐いた弱音をあざ笑うかと思った佐伯は、
意外にも、
(覇気のないあんたを抱いてもつまらないからな)
そういった。

(あんたの地位がほしければ、小細工なんかはしない。
実力で奪い取る)

(俺が相手にしたいのは、プライドの高い、高慢なあんただ)

佐伯の言葉が、いくつもいくつも耳のうちでこだまする。

自分が痛めつけている男がこうやって無様な姿をさらしているんだ。
嬉々として、またさらに痛めつけるかと思ったが、
佐伯のもとめているものはそうじゃないと言う。

目の前で倒れたといっても、社の前だ。
誰かにまかせてほおっておけばいいのに。
陵辱のあとがばれて追及されるのが嫌だったのか。

・・・どうしてこんな時に優しくするんだ。
人を追い詰めた張本人のくせに。
(今までだったら自分でなんとかしてきただろう)
こうやって孤独で泥を噛んでいる時に、何故お前がそばにいて、その言葉を私に放つ。
お前になんか、はげまされたくないのに。
なぜ人の心に入り込む。



お前は強いな。
それに比べて、私は、無様だ。




あの瞬間、佐伯のその強さを。
まっすぐさを、
眩しいと思わなかったか。
羨ましいと、そう思わなかったか。

・・・思った。



ベッドの上で、ひざを抱えて考える。

地位が欲しいのではないといった。
覇気のない自分になど興味はないともいった。

・・・私はお前に執着される価値すら、失ってしまったな。
それくらいしかもう、自分には残されてはいなかったのに。
お前が、そうやって強いお前が自分だけに執着していること。
それだけしか自分には残っていなかったのに。
苦々しく、自嘲する。
お前は強い。
そうやってこれからも輝いて、王の道を行くのだろう。
どうとうと。
顔をあげて。
私はすべてを失って、お前に抱かれる価値すら、なくなってしまった。
求められる価値すら、もう、ない。
何も残って、ない。
ふいに、どうしようもなく喉の奥がふるえた。
涙が、にじんでくる。
「あっ・・・」
どうしようもない。止められない。歯止めがきかなくてあせる。
にじんだ涙が、つい、と頬を流れて。
止まらなくなってしまった。

とうとう、何もかも失ってしまった。
あの男の前で倒れて、あんな泣き言まで吐いて、呆れられて。
(抱く価値を感じない)
何もされなくて、良かったはずなのに。
ようやくあいつから開放されて、良かったはずだったのに。
なぜこんなに苦しい。
なぜこんなに悲しくて、つらい?
涙が止まらない。
失ってしまった。失ってしまった。
心が痛みに叫ぶのを止められない。





ようやく涙も止まった頃には夜が更けていた。

(俺が相手にしたいのは、プライドの高い、高慢なあんただ)

佐伯の言葉が頭の中で繰り返す。

お前が、何を求めているのか、ずっと知りたいと思っていた。
地位でもない。
自分を貶めてあざ笑いたいわけでもない。
なら何故?
ずっと考えていた。
お前は本当は私のことを・・なんじゃないのか?
考えそうになって、必死に否定する。
そんなわけはない。
そんなことは期待してはいけない。
けれど、あの苦しそうな、苦々しい表情。
それは私を・・・・・んじゃないのか?
ずっと答えを知りたかった。
お前の答えが欲しかった。

・・・今日、ひとつだけ分かった。

(俺が相手にしたいのは、プライドの高い、高慢なあんただ)



それならば佐伯。
私はお前には絶対に屈しない。
私自身の最後の誇りにかけて、
何があってもお前に屈したりはしないだろう。
お前がそれを望むならば。

それがお前をつなぎとめる最後の楔だというならば。



最後の思いは意識にはのぼらず、
御堂の中でとけていった・・・。















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