回想 1



佐伯克哉に、無理やり関係をはじめさせられてから
もう一ヶ月以上が立った。
私の部屋で。
会議室で。
私のオフィスで。
ミーティングルームで。
場所がどこであれ、佐伯が姿を現した場所すべてで、脅され、関係を強要され続けている。

佐伯が、怖い。

いつ、どこに現れるか分からないから
仕事中も家でも、落ち着ける場所がない。
仕事をしていても、そのドアがいつひらかれるかと思って、気が気じゃない。
少しの足音にも、敏感になってしまった。
家に帰るときも、家の中に、佐伯がいるかもしれない。
そう思うと、ドアを開けるのを躊躇う。
今もそう、
休日で家の中にいるのに、
いつそのドアノブが回るかと、気が気ではない。
いつあの悪魔のような笑みを浮かべた男が自分の名を呼ぶかと思い、
背筋が凍る。

何故あいつはあんなにも何度も自分に強要するのだろう。
ただ、あの目標を訂正させたかったのなら、一度映像を取ってしまえばそれで目的は果たしたはずだ。
あれがあればあいつはいつまででも自分に従うしかないということは、
はじめの数度があれば分かったはずだろうに。
なのに何故、こんなに何度も繰り返す?
私を憎んでいるのか?
陥れたいのか?
私の地位を奪いたいのか?
何故?何故こんなことをする?
どうして私からすべてを奪う?
どうして。

―――あんたに興味があった。

お前は本当にたったそれだけのことで、
こんなことを続けているのか?
こんなことは犯罪だと分かっていて?
何かで公になってしまえば自分も危ないのだとわかっていてそれでも、お前は「興味」なんて言葉ひとつでこの関係を続けているのか?
私をただ貶めてそれが楽しいだけなら、
どうして最近はいつもコトが終わったあと、苦々しい顔をする?
満たされないような顔をする?
何故?
どうして。
お前は、私に、何を求めているんだ・・・。

恐怖と、憎しみと、疑問と、
そしてそれだけには終われない感情が
すべて佐伯一人へと向かう。
何をしていても思い起こされてしまうから、仕事にも身が入らず、睡眠もろくにとれないでいる。
それでも家に一人でいるのが怖いから、仕事に逃げるように没頭する。
食欲もなく、身体の休まる時がない。
そんな状況で仕事をするから、ミスが増え、何をやってもうまくいかず、ミスがまた面倒な仕事を生む。
悪循環から、抜け出せない。
手から、砂のようにすべてがすり落ちていく・・・。
賞賛の声。地位。プライド。周りの人間の評価。交友関係。
もともと、自分の持っていたものなど、
すべて砂上の楼閣だったかというように。
自分の築きあげたものなど、
すべて幻だったというように。
あの男があっさりと、すべてを壊していった。
掴もうとあがくのに、
手のひらには、何も残らない。



佐伯のことを思い出すと必ず思い起こされるモノ。
それは、
恐怖と、憎しみと、疑問と、

そして、無理やり教え込まれた・・・快楽。



ドアの外で、人の歩く音が聞こえたような気がした。
びくりと、身が竦む。
佐伯が、来たかもしれない。
そう思うだけで身が強張る。
そして、それだけで、期待しまっている自分の身体に気づき、
絶望的な気分になる。

はぁっ、はぁ…
息が荒くなる。

嫌悪する心とは裏腹に、
「ソレ」を教え込まれた身体は、また得られることを期待して、官能を待ち受けるように高ぶり始める。
嫌なのに、
抵抗しているのに、
逃げ出したいほど怖いのに、
なのに身体は期待して熱を帯びる。
・・・違う。
私は期待などしてはいない。
あんな男を求めたりはしていない。
そう、必死になって否定するが、
身体は、あの男の手順を覚えていて、あの男が触れたその触れ方を、耳元で囁く声を、あのどうしようもない強い快楽を、欲しがって蠢く。
嫌だ。
やめてくれ。
こんなのは私じゃない。
あんな男に無理やり与えられたものなど、必要ない。
必死になって否定するが、
日に日に、佐伯と肌を重ねる回数が増えるたびに、
どんどんと逃げられなくなってく自分に気づく。

意思に反して、手が内腿へと伸びていく。

これは単なるマスターベーションだと、
男なら誰でもする当たり前のことなのだと頭が言い訳するままに
自分のモノに触れ、慰めはじめる。

はぁ、はぁっ

自分でそうやって慰めている間も、
ともすれば手が、あの男の行動を真似ている。
声が、聞こえる。

・・・またそんなに硬くして。
・・・イヤらしい身体ですねえ。

あの男の笑みが見える。

せわしなく動く手。
細かく、きるように早くなる息。
背中を這うきつい感覚。
そしてじきにくる、酩酊。

あっけなく果てて、その余韻に浸りながら、
・・・足りない。
心のどこかで貪婪に続きを求める声が聞こえてぞっとする。



私は・・・あの男を求めてなんかいない。
あの男にすべてを奪われて、
すべてをむちゃくちゃにされて、
人間としての尊厳すら踏みにじられて、
そんな男のことなんか求めていない。

そう、なんども言い聞かせるのに
身体は、それ以上を求めている。

次に触れられたら、
もうすべてを投げうって、佐伯の前に欲望をさらけ出してしまうかもしれない。
そう思うと、
もっと怖くなる。



自分はもう、何もかもを失ってしまった。
あんなに大事に思っていたものすべてが手のひらから、零れ落ちてしまった。
最後の最後に残った自分、
それすらも、
身体はお前の言いなりになってしまって、
心すらも、どんどんとお前を、拒めなくなっていく。



だからせめて、お前の本心が知りたい。
憎まれるようなことをしたというなら謝ろう。
ただ人を貶めてあざ笑っているだけなのなら、絶対に屈したりはしない。
そんなものには負けたりしない。
お前の心が分からないから、
余計に心の行き場がなくて、
私にたった一つ残された心すらも、お前に振り回されて、無様に揺れ動いている。
このままだと、きっと壊れてしまう。
お願いだから、
心が壊れてしまう前に、
お前の本心を、聞かせて欲しい。



憎しみでいいから。
だから。
頼むから。













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