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真冬の寒さが身を硬くする。
息が白い。
御堂が、ちょうど一年前のように、自分に向き合い、話し始めた。
「お前に会って。はじめはなんて憎たらしいやつだと思った。
小さい会社の出来損ないの集まりみたいな八課の平社員のくせに、
なんの力も能力もないくせに、口先だけの男だとそう思って・・・
だから押さえつけてわきまえさせてやろう、そんな風に思ったんだ」
御堂が、昔の話をぽつり、ぽつりとする。
「お前と同じだ。
あのレストランに連れて行ったのも、お前をあざ笑ってやろうと思ったからだ。
結局失敗に終わったが。お前に恥をかかせたくて、さそった」
「ああ。だろうと思っていた」
克哉は、短くそう答えた。
「なのに、お前は着実に目標数値をかるく超える勢いで成果を出したよな。
私は昔の自分を見ているみたいだ、そう思った。
だから、お前を試した。
お前が、どこまでできるのかみてやろうと。
プロトファイバーは自分達が作り上げた商品だ。これは物になると自信もあった。
だからあの数字は、自分自身ひそかに抱いていた野望でもあった。
本気で、もし自分が営業をかけたならそれだけの数字を出せるとそう踏んでいた。
だから、お前達にかけてみようと思ったんだ。
お前が、本当にそれだけの力を持っているなら、それでいい。
もし、口先だけのラッキーパンチであの数字を出していたとしたら、つぶしてやるだけだ。
そう思って、あの数字を提示した。
今思えば強引で、身勝手な話だな。私は自分の野望に君たちを利用したんだ。
そして、達成できなければお前たちのせいにして捨てようと思っていた」
「お前、あの時点であの数字を本当に出せると思っていたのか」
「ああ。君なら出せないことはないと思っていた。
八課の連中も、MGNの人間も、誰一人私を信用していなかったようだがな。
MGNの人間には私をよく思わない人間もいる。
そういう人間からしたら、私が馬鹿な目標を出して、
失敗してくれればいいと、あの数字を飲んだんだろうな」
MGNの中に、そういう声があがっていることは知っている。
御堂は口からでまかせの誇大妄想のような目標をかかげて、
それで首が回らなくなって、残業や休日出勤を繰り返したあげく病んでやめたのだと。
(そこまで思い入れのある商品で、
実際に目標は達成したのに、
その手柄はすべて俺が奪った)
自分が御堂から奪ったものの大きさを、改めて思い知らされるような気がして、克哉は眉をひそめた。

「君は、あの数字を聞いてどう思った?」
考え込む克哉に御堂が尋ねた。
「本当のことを聞かせてくれ」
克哉の、心にある、本当の真実が聞きたいのだと、目が告げていた。
「八課の人間は、全員あの数字を嫌がらせだと思っていた。
俺もあんたのあの傲慢な口ぶりにはイライラしたが、
けしてありえない数字じゃないと、そうも思った。
俺なら達成できる、と。
だがそれより、いい機会だと思ったんだ。
あり得ないような数字を皆が困惑すると分かっていて口にしたお前を、堕とすいいチャンスができたとそう思った」
御堂のまなざしに促されるまま、話した。
(眼鏡をかける前のオレは八課の人間同様まったく信じてなかったようだが)
だが自分は違った。
(俺はきっかけを探っていた。あんたを俺の支配下に陥れる隙を)
だからむしろ嬉々として、抗議にいったのだ。

「そうして、お前を、罠にはめた」
声のトーンを落として、御堂の目をまっすぐに見て、克哉が言う。
今まで逃げてきた、その事実と向き合うように。











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