Side.M





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「あれから一年か・・・」
克哉と御堂が再会してからちょうど一年。
二人は忙しい合間をぬってひさしぶりに丸一日休みを取った。

今日は私に予定を決めさせてくれ、そういう御堂に断る理由もなかったから、
克哉は何も決めず、どこへいくのかも聞かず、御堂のしたいようにさせることにした。
「二人ではじめて行ったレストランに行こう」
そういうので、御堂御用達のバーへと赴いた。
「御堂様、おひさしぶりですね。ようこそおいでくださいました。お待ち申しておりました」
そういうウェイターに案内されたのは
すでに予約してあったのだろう、当時御堂の友人たちが座っていたのと同じ席だった。
そこで、ワインに合うフルコースを食べた。
さすがに料理までは、当時と同じものではなかったが、
当時を思い起こさせるには十分だった。
まだ、あれは二人の関係がはじまるよりも前。
自分に恥をかかせようという御堂の誘いにわざと乗って、 御堂の友人だといっていた男達と食事をした。
大学時代からの付き合いだといっていた男達のことは、 そう言えばその後一度も御堂の口から話にあがったことはなかった。

2年以上ぶりになるレストランでの食事。
だが、二人の口からその時の話が出ることは無かった。
「御堂、そういえばこの間の企業の件はどうなった?昨日行ってきたんだろう。報告を聞くのを忘れていた」
「ああ、その件ならもうすんだ。来週契約締結にいってくる」
「そうか。一人で大丈夫か?」
「問題ない…。
いや、そうだな、お前がいたほうが、社長自ら出てきたって箔がつくかもしれない。
もしスケジュールが調整きくなら、きてくれるか」
「わかった。都合くらいどうとでもつけられる。
俺のほうの抱えている案件は、もう下にまかせてもいけそうだ」
「じゃあ、先方にもそう伝える」
記念日だというのに、克哉は仕事の話ばかりをふってくる。
御堂はそのことに気づいてはいたが、あえて何も言わなかった。その場では。

帰り道、「寄りたいところがある」そういう御堂につれられて、夜の都会を二人で歩いた。
「佐伯、今日はなぜあんなに仕事の話ばかりをした?」
先ほどのレストランでの件を御堂が切り出した。
「ああ?あそこはお前の旧知の仲間が集まるレストランなんだろう?
ウェイターとも仲が良さそうだった。
あんなところで愛の言葉でも囁いて欲しかったか?
それとも内腿でも撫でて欲しかったのか?」
皮肉な笑顔でからかうようにそういう克哉に、御堂はぶっちょう面をして睨みつける。
「そういうわけじゃないが・・・。せっかくの記念日なんだ。
もう少し似つかわしい会話ってものがあるだろう。
お前はだいたい極端だぞ。
いつも仕事の話か、そうでなければ人に聞かれたらまずいような信じられない台詞ばかり口にするから、いつもひやひやする」
「あんたの反応がいちいち新鮮だから止められない。あんただってうれしいくせに」
「・・・」
図星なのか、あきれ果てたのか、苦々しい顔で黙り込む。
「だいたい、旧知の仲間も何もあの店に行くのはあの日以来だ。
大学の同期ともあれ以来会っていない。
あいつらも店に来ているのかもしれないが、あのウェイターは口が堅いから心配することはない。
気にすることなんて、何もない」
克哉に視線をあわせないまま、御堂はそういった。
(あの日以来行っていない・・・)
会社の場所が変わったこともあって、自分と再会してからは確かに一度も行くことはなかった。
それまでの一年も、やはり、いってはいないか。
(君のことを思い出しそうなものは、全部、何もかも消した)
そういえば、そんなことを言っていた。
きっとあの場所も、自分のことを思い出すからと、避けていたのだろう。
そんなことを、考えた。
御堂は、そんな克哉をじっと見ている。

「ここだ」
御堂が立ち止まり、呟いた。
二人の再会した場所。
今日は雪はふっておらず、空の色も、抜けるような、黒。
周りのライトに夜の空はあかるく、その闇は遠いところにあるようだ。
「ずいぶんセンチメンタルだな。記念日に出会った場所に来るなんて」
口の端をゆがめて克哉が笑う。
「出会った場所じゃない。再会した場所だ」
御堂が、やけにまじめな声で訂正する。
「御堂?」
何もない道を、じっと睨みつけるように見ていた御堂が、克哉を振り返った。
「なあ、佐伯。そろそろ、二年前の話をしないか」
真剣な眼差しのまま、御堂がそう、はっきりと言った。
(二年前・・・)
それは、自分と御堂が本当にはじめて出会った頃。
出会い、そして・・・。
「なんだ、やぶからぼうに」
口の端で笑っては見せるが、御堂のやけに真剣な表情に、笑って、ごまかしきれる話でもないことはわかる。

(何が、言いたいんだ?)
(今になって、あの日のことを蒸し返してどうする?)

「お前。この一年一度もあの頃の話をしなかったな」
御堂がいう。
「少しでも私がふれても、すぐに話をそらしてしまう。そうでなければ、苦しいような表情をする」
気づいていたのか。
そう、思った。
「そろそろ、話をしないか」
「あの頃の話」
ゆっくりと言葉をきって、御堂が言う。
克哉の顔から、はりついたような笑みが消えた。











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