E-4







繰り返し。
繰り返し。
永久とも思える日々を繰り返し、
御堂に語りかけるけれど、
御堂は空を仰ぐばかりで聞いてはくれない。

見たいのは、
あの、誇り高く、空へ向けて凛と咲く花。
自分が踏み躙って枯らしてしまったその花のために、
何度も何度も水を遣るけれど、
花は、二度と蕾をほころばせようとはしない。
すでにそれは後悔ですらなく、
憧れのように、
ただその花を見たいと思った。



思い返せばいつでも瞼に浮かぶその姿に、
諦めはしないことを、
誓う。







また拘束を振りほどき逃げ出そうとした克哉に、Mr.Rはあきれたように笑いかけた。
「そうまでして私から逃げたいですか?」
椅子に拘束された状態で、憎悪に満ちた瞳で睨みつける。
「貴方の言った台詞ですね」
そう言われて、同じ言葉を御堂に投げかけたことを思い出した。
その時御堂はどんな反応を返したのだったか。
もう、遠すぎる過去は形を成さない。
「けれど、私も貴方と同じで解放する気などさらさらない」
そう言うと、Mr.Rがガラスのコップを克哉の口元に当てた。
生きるためにそれを嚥下する。
ごくり、と喉がなるのをMr.Rはいとおしむように見つめていた。
飲み終えると、克哉の頭ががっくりと落ちた。
「本当に、貴方は素晴らしい。
これほどの責め苦にも、悲鳴一つあげず苦悶の顔だけ晒して耐え抜く。
私は、貴方が堕ちなくとも全然構わないのです。
貴方が日々こうして研ぎ澄まされていく様子は、本当に美しく、甘美だ」
「知ったことか・・・」
俯いたまま、かすれた声で投げかける。
そんなことは、どうでもいい。
目の前の男のことなど、
自分の身に降りかかっていることなど、
すべてどうでもいい。
ただ、自分は誓った。
解放すると。
あの、一番はじめに見た御堂を、取り戻すと。

「ねえ、佐伯克哉さん。
あの方はけして戻りませんよ」
Mr.Rが髪を掴んで持ち上げると、克哉の目を見てそういった。
「それほどに、彼の絶望は深い。
それに、我にかえったとしても、今更取り返しはつきませんよ。
貴方だって分かっているでしょう?
むしろ、あんな風に男を咥え込んでいたことを思い出したとしたら、
そして、それを貴方に見られていたと知ったら、
ねえ、どうなると思いますか?」
「・・・」
御堂の苦悶が、見えるようだった。
あのプライドの高い男が今起こっていることをすべて現実として取り戻したとして。
その絶望はきっと御堂を、粉々に打ち崩す。

「こうしているのが、一番いいことなのです。
優しい夢の中、あの方は貴方に抱かれて。
あなたもまた、彼を本当には失わずにすむ。
いいじゃないですか。
あんなにも貴方のことを想ってくれているんです。
誰に抱かれていようが、その瞬間彼は貴方への愛でいっぱいだ」
「・・・解放、してやってくれ」
それでも克哉はそう望んだ。
自分の犯した罪から。
この、爛れた世界から。
御堂を捕らえ離さない、己の欲望から。
何もかもから。
「これ以上、苦しめるな」





「では、提案があります。
貴方が、永遠にこのCLUB.Rに留まると言うならば、
御堂孝典さんを解放して、差し上げましょう。
簡単なことです。
彼の記憶を消して、本当に歩むはずだった過去へと返してあげればいい」



Mr.Rの誘いに、克哉の顔が上がる。
「どうです?
私は貴方さえここに留まってくれていたならそれでいい。
悪い話では、ないでしょう?」
「・・・はなからそれが目的か」
「さあ、どうでしょう」
薄い笑みは変わらない。
克哉は、じっと、思いを巡らせた。
瞼の裏に浮かぶのは、御堂の顔。
自分を睨みつける顔。
恐怖に震える顔。
憎みながらも、快楽に逆らえずに上気した頬。
見下したような瞳。
腕の中で眠る表情。
「さえき・・・」呼ばれた名前。



たすけてくれ・・・そう言って、空ろな目を向けたその表情が、浮かんだ。
浮かんでそして、
消えなくなった。






「・・・解放・・・する」
あの日、御堂が部屋から出て行ったと想った日。
そう決意した。
御堂が心を壊した日から、ずっとずっと後悔していた。
ずっと、出来ることならば戻りたかった。
道を間違えた、あの時間へと。
もう一度、取り戻してほしかった。
そのためなら、二度と会えなくとも構わないと、
そう、
誓った。







「解放する」
そう言って仰向く。
白い喉が、炎に怪しく揺らめいた。















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