E-5







暗い、暗い部屋。
だが、酷く、懐かしい。
空ろな瞳の御堂を、壁際へと横たえた。
Mr.Rに言われた言葉が耳に過ぎる。
(あの方は、貴方の心が分からないことにずっと苦しんでいた。
だから、聞かせてあげればいい。
貴方の言葉を。
本当の、想いを)





「・・・悪かった」
そう、声をかけても
ぴくりとも反応しない御堂の姿を、懐かしくさえ、おもった。
空ろな瞳で、床を見つめる御堂の肩をそっと抱く。
「わかったよ。俺が見たかったのは、こんなあんたの顔じゃない」

壊して、取り返しがつかなくなってはじめて分かった。
自分が、欲しかったもの。

克哉はぽつり、ぽつりと御堂へ向けて過去を語る。
本当は、御堂が心を壊す前に伝えたかった本当の気持ち。

御堂が知りたがっていたという、自分の想い。
憧れ。
手に入れたいと思い、
そうして手に入れるために引きずり落とそうと考えたこと。

今になって考えればなんて短絡的な考え。
そんな浅知恵で、一番手に入れたかったものを自ら壊して。
それでもずっと、ずっとただひたすらに願っていた。
飢えて飢えてどうしようもなかった。
ただひたすらに求めた。
引きずりおろしながら、
壊した後悔の中、介護しながら。
ずっと、ずっとただひたすらに欲しかったもの。




「御堂孝典・・・。俺は・・・あなたの心が、欲しかった・・・」




だから、自分はもういいのだと。
御堂が自分を望んでくれていたと分かったから。
御堂がそれを自分にくれたなら、
それでもう自分はすべて、満たされたのだから。
淫妖な夢の中、
それでも「さえき」
そう呼んだその声に、何もかもは満たされたから。
一番欲しかったものはもう手に入れたから。
だからもういいのだと。
自分に言い聞かせるように、告げた。





「・・・どうしてこんなことになってしまったんだろうな・・・」
御堂は何一つ反応しない。
抱いた肩はひんやりと冷たく、ぬくもりを拒むようだ。
直に来る永遠の別れを前に自嘲する。
互いの中に、愛情が存在していたのに。
なのにもうこうして別れは眼前に迫っている。

「そんなことに、今になって気づくなんてな」
もう遅すぎると、分かってはいるけれど。





「本当に、すまなかった・・・
あんたを、解放するよ。もう、俺は、なにもしない」





「俺とあんたの間にあったことを全てリセットするんだ。
もうあんたの前には現れないし、あの映像も消去する。
俺たちの間には、なにもなかった。だから、あんたも、忘れろ・・・。
それが俺に出来る、唯一の詫びだ」





「もう、あんたは俺に怯えて暮らす必要は無い。
俺達は、同じプロジェクトに参加した・・・それだけの関係に戻るんだ」




唇の端を、必死に笑顔の形へと歪める。
抱きしめたい気持ちを、必死で抑える。
この解放の果てに、御堂のあの凛とした姿があるのだとそれだけを信じて。
そして最後の言葉を言う。
御堂からすべてを消し去る最後の言葉を。





「・・・そうだな。もっと早くあんたのことが好きだって、気づけばよかった・・・」







御堂の瞳に、かすかに光が灯る。
それは、
ずっとずっと欲しかった本当の答え。
暗い闇の中、
ずっと捜し求めていた答え。
狂えるほどに、欲していた、本当の言葉。





けれどそれは、同時に、
御堂の中からすべてを消す引き金。






克哉が立ち上がる。
御堂は、動かない。
後を振り返ると、あとはもう、御堂のほうは振り返らずに、
一歩一歩足を進めて、
そうして、扉がばたりと閉まる。

御堂の頬から、
一粒の涙が、零れて落ちた。






本当に欲しかった答えを置いて。
ようやく通じ合えた思いを置いて、
本当にたどり着きたかった答えへと、お互いがようやくたどり着いて。









けれどそれは、
すべての、


終わり。



























END










数日にわたる無断欠勤は、結局体調不良ということで不問に記された。
自分自身記憶は残っていないが、
どうやら部屋で倒れていたようだ。
目が覚めれば何故か全裸で壁にもたれていた。
風呂に入ったあとで具合でも悪くなったのか。
何故か頬には涙の筋が残っていた。
手で拭ったが、もう乾いていた。


何故かそれ以前と以後ではまったく異なるような記憶の中、
それでも社へと戻れば今までと同じように仕事へと夢中になった。
プロトファイバーの売上げは、自分が会社を休んでいる間にも更にうなぎ上りに上がっていて、
どうやら今年の社長賞の候補に上がっているらしいという話も聞いた。

「おめでとうございます。御堂さん」
受賞の連絡を受けてすぐ、部下の川出がそう言って握手を求めてきた。
「この賞は、私だけのものではない。
君達全員が作り上げたものだ。
こちらこそ、おめでとう」
めったにかけることのない労いの言葉が、何故かすんなりと唇をついて出た。
川出も、他の部下達も一様に驚いた表情を見せた。
「なんだ。
そんなに珍しいか」
仏頂面を見せるが、余計にそれが皆を破顔させた。
「そうですね。
この賞は皆で勝ち得たものです。
御堂部長と、商品開発企画室のメンバー全員と、それからキクチマーケティングの8課のメンバーと」
「そうだな。キクチの・・・」
いいかけて、顔が固まる。
何か、心がざわめく。
思い返してはいけない何かを見つけたように。



「そうそう。片桐さんとか、本多さんとか、忘れちゃいけないのが佐伯克哉さんとか」
「いやーほんと、今回の功労賞ですよね。8課のメンバー。
はじめは、なんで御堂さんあんなやつらにこの大事な商品を、と思いましたけど、
さすが御堂さん。見抜いてたんですね」
自分を置いて勝手に盛り上がる会話の中。



佐伯、克哉。


その名を聞いたとたん、心臓が押しつぶされるように痛んだ。



さえきかつや。



唇が、その名を呼ぼうと動く。



思い返す佐伯克哉は生意気そうな若造で、
不遜な態度にはイライラさせられたが、その仕事ぶりは目を見張るものがあった。
だがそれだけだ。
それだけなのに。



「あ・・・」
胸が痛い。
何故だろう。
空白の数日間を埋めるような、この胸のきしみは。
何か、忘れてはならない大切な、なにか・・・。

「御堂さん?」
突然固まった御堂に、川出が声をかける。
だが動けない。
(・・・さえき)
唇が小さく動いた。
それは音となって飛び立つことはせずに、ただ唇を振るわせる。

涙が、
すぅ、と流れて落ちた。



「御堂さん!?」
あわてる周りをよそに、涙はどんどんと溢れ、止まらなくなった。

さえき
さえき
さえき
さえき
さえき
さえき




何故だろう。
何故こんなにも悲しいのだろう。
何故こんなにもいとおしいのだろう。
何故?









「色々、大変だったし、思い出したんだろう」
「御堂部長も、人だったんだな」
周りのひそひそ話も耳に入らない状態で、
何故か分からない何者かのために、
私は泣いた。















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