E-1







「・・・御堂さん、悪い。今日は疲れた・・・」
背中に走る激痛を堪えつつ、御堂を抱きしめて、床に転がった。
「・・・」
御堂は天井を見つめている。
「だから、今日は抱けない」
小さい声で呟く。
「そうか・・・」
御堂は天井をただ見上げていた。
表情からは克哉の言葉をどう感じたのかは分からない。
「あんたも、疲れただろう?」
御堂の首筋に顔を埋めて、その薄い香りに身をまかせる。
「・・・疲れた、かもな」
御堂はそう言って、両手を持ち上げて自分の手を見つめた。
何を考えているのかは分からないが、正常に問い掛けに答えをかえす御堂が愛おしかった。
「今日は・・・眠ろう・・・」
優しく御堂を抱き寄せる。
御堂は抵抗しなかった。
「あんたと・・・眠りたい・・・」

何も、考えずに。
ただ、腕の中の御堂を感じて。
せめて優しい、夢の中。

「・・・ゆっくり休めばいい」
そう言って御堂が、克哉の髪を撫でた。
静かな時間が過ぎていく。
まどろみのなか、闇へと意識を埋めていく。
いつしか眠りに落ちた克哉の寝息を聞きながら、
御堂もまた、そっと克哉の背を抱き、瞳を閉じた。







それでもやけに正確に一時間がたつと、自分の身体はいつのまにか御堂とは離れたところにいる。
「おかえりなさい」
Mr.Rがそう呼びかける声に目が覚めた。
気付けばそこはいつもの自分に与えられた部屋のベッドの上。
Mr.Rの存在を無視して、たった今まで隣にあった暖かい気配を反芻する。
背中に、御堂の手のぬくもりがあった。
心臓の鼓動を子守唄に眠りについた。
共に目を閉じて眠る、
そんなささいなことすら、はじめてなのだと気付いて、可笑しくなった。
自分達は一年以上も共に居たはずだけれど、
気持ちがつながったことなど、一度もない。
憎まれて、怯えられて、逃げられただけだ。
共に眠る、なんてそんな優しい時間は、一度たりともなかった。

何も考えずに眠る、
穏やかな時間。
御堂もそれを幸福と感じてくれただろうか。
自分は幸福を、与えてやれただろうか。

「御堂・・・」
繰り返し呼んだ名を、また呟いた。
(あの頃に還りたい)
なんてことをよく言うけれど、自分と御堂には、還るべき時間すら、ない。
だから苦い想いでただ反芻する。
ようやく与えることのできた、その時間を。

「焼けますねえ」
Mr.Rがまた声をかけた。
「貴方ほどの方が、ここまで一人の人間に執着するなんて、どうしたのですか?
貴方は真の王たるべき人物。
別に彼でなくとも、貴方の言葉一つ、振るう鞭一つに従順についてくるしもべならいくらでもいるでしょうに」
「・・・」
反芻の邪魔をする言葉には答えを返さない。
「彼は人気でねえ、今日もたくさんのご予約が入っています。
今頃もそう、SM嗜好の強いかたがきていらっしゃったから、今頃プレイの真っ最中でしょうねえ。
貴方の調教のおかげで、どんな苦痛も快楽にかえるすべを知っていらっしゃるようだ。
それとも、貴方からされている、と思うからこその歓びでしょうか」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
「あの方は、どの方に抱かれる時も本当に気持ち良さそうですよ。
悦楽に身を浸しきっている。
あの方は、その相手が誰であろうといいのですよ。
たとえそれが貴方でなくとも。
誰にでも卑猥にその足を開き、自ら腰をふって深く深くくわえ込んでいる。
きっと、貴方のことも、他の何人もの男と同じにしか思っていませんよ。
自分を気持ちよくさせてくれるなら、それでいいんです」
「黙れ」
「また、貴方も覗いてみますか?」
「煩い」
「案外倒錯的で楽しいかもしれませんよ。
貴方だと思い込んで善がるのを、はたから見るというのも」
「黙れと言っている!」
殴りかかろうとした腕を、なんなく避けて、Mr.Rが薄く笑った。
「何を言っているんですか。
言ったでしょう?
これは罰なのです、と。
すべては貴方が引き起こした罪。
その罪のせいで、御堂孝典さんは壊れて、誰とでも寝るお人形になった。
貴方はもっと見なくてはならない。
自分の犯した罪の産んだものを」











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