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「御堂・・・さん?」
いつものように仕事を終えて、夜家に帰るとそこに御堂の姿はなかった。
惨めなほどにあわてて、家中を探すがどこにもその姿はない。
出て行ったのかと思い玄関へと走ったが、靴は一つも減ってはいなかった。
「・・・どこへいった・・・?」
呆然と立ち尽くす。
力の抜けた体から、カバンが落ちてどさりと音を立てた。

ずっと、そこにいたのか・・・?

昨日聞こえたように思えた声を思い出す。
その後も何の反応もなかったから自分の思い込みかと思っていたが、
もしかして、やはり意識が戻ったのだろうか?
あれは、その前触れだったのだろうか?
そして、自分から、逃げたのだろうか。

「・・・御堂」
唐突な終わりに、呆然とする。
ぴくりともしない人形。
それでも、そこにいつでも御堂はいた。
自分の促すがままに服を着て、何かを食べ、
自分の腕の中で眠りに落ちた。
毎日毎日抱きかかえたその腕に残る重みが今もまだ腕に残る。
暖かい体。
滑らかな肌。
安らかな寝息も耳に残る。
触れたモノの感触も、入れたナカの熱さも、すべてを覚えている。
自分が壊してしまった男は、
それでも昨日までここに居たのに。
自分の腕の中に確かに居たのに。

「御堂・・・」
何度もつぶやいた。
呼べば帰ってくる訳でもないのに。




頭を抱えて、ソファに座り込む。
毎日、御堂が座っていたソファ。
おもしろいものがある訳でもないだろうに、毎日ただ前を向いて座っていた。
沈黙に耐え切れなくて、テレビをつけたりもしたが、
見ていたようでもなかった。
御堂の見ていた風景を目に焼き付けるように睨み付ける。
絶望を、噛む。
ずっと、そうしていた。
御堂が帰ってこないのだと、思い知るまで。

静けさが、耳に痛い。





夜が更けて、空が白みだすのがカーテンの向こうに広がりはじめる光で分かる。

これで、よかったんだ。
何度も自分に言い聞かせる。
ずっと、またあの御堂に戻って欲しいと思っていた。
誇り高くて、気丈で、何にも手折られることない、高嶺の花。
ここを出たということは、
きっと元に戻ったんだろう。
元に戻れば自分から逃げるのは当たり前だ。
御堂の記憶の中の自分は、
きっとまだ陵辱していた時のままの自分なのであろうから。
ずっと逃げたがっていた。
解放されたがっていた。
ようやくそれが成し遂げられたんだ。

・・・良かったな。御堂さん。
もう、俺はあんたを拘束したりはしない。
あんたを追いかけることも、しない。
あんたが逃げたいと思うのなら、それでいい。
また、どこかで新しい日々をはじめればいい。
また、あの頃のように眩しいあんたに戻ればいい。
あんたならきっと・・・取り戻せる。





間違えた分岐を、
もう一度やりなおす。


あの時は出来なかったが、
今度こそ、
・・・貴方を、解放するよ。







貴方にもう一度会いたい。
その思いは、奥歯噛み締めてでも、この胸の奥にしまうから。
この欲望は、貴方を何度でも傷つけてしまう。
だから、二度と、出てこないように鍵をかける。
それが自分へ課せられた罰。
だから貴方は、
あかるいところへ、行けばいい。





ゆらりと、立ち上がる。
同じ格好で座り続けていたから、腰がきしんだ。
カバンからカードキーを取り出して、机の上にそっと置く。
もう、ここにはこないから。
俺の気配はすべて消していくから。
だから安心して、ここで暮らせばいい。
カーテンの外はもう明るい光が差し込んでいる。





さようなら。





叫びだしそうな思いを飲み込んで、部屋を出た。











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