「鴨」

 

 

 

「何故私は君なんかと一緒にいるんだろうな」
 またしても克哉に散々に弄ばれたあげく、深夜とはいえオフィスのトイレなどという場所で精を吐き出す羽目になった御堂は、克哉を睨みつけながらそう悪態をついた。
「気持ちよかった、でしょう?」
 ダイニングテーブルの反対側に座った克哉は、ケータリングの鴨のオレンジ煮を口に運びながらいけしゃあしゃあとそう返す。
 御堂は、香ばしく焼けたフランスパンをちぎりながら、なお克哉を睨みつけている。
「五分もあれば家に帰れるのに、何であんなところで盛る必要があるんだ。だいたいこの家だって、そういう理由でこの場所に決めたくせに……
 言いながら、自分がやや墓穴を掘ったことに気づいて御堂の声はラストのほうはやや小声になっていた。ごまかすようにパンを口に放り込む。適度に焼けたパンの歯触りが心地いい。
「家で思いっきり乱れたかったですか。それはそれはすみません」
……そういうことが言いたいんじゃない」
「ふぅん? たまにはスリルがあったほうが、マンネリにならなくていいとあんただって思うだろう? あんなに興奮してるあんたを見るのは久しぶりだった」
 先ほどまでの忘れたい事実を、あっけらかんと暴かれて御堂は羞恥に赤くなる。
 と同時に、毎回毎回やり込められてしまう自分も自分だが、目の前で反省の色もなくいけしゃあしゃあとしている男を何とかやり込めたいという思いが御堂の中にふつふつとわいてくる。
「だいたい君はいつも勝手過ぎる。私の意見など何ひとつ聞きはしない。私の意見を聞いてからする、と言ったくせに、私の意志などお構いなく、やりたくなったらどんな場所でもする。外面だけはいいが、実際には性格も相当悪いし第一相当な変態だ。何で私はこんな男と……
 ぴんと背筋を伸ばしたきれいな姿勢で目の前の肉を切り分けながら、ここぞとばかりに御堂が悪態をつく。
 これでもまだ何か反論してくるか、と身構えて、克哉のほうを向きなおった。
 思いがけない視線が、そこにはあった。
「俺が、嫌になったか」
 御堂の瞳の中にある本音を探り出そうと、視線はまっすぐに御堂を見据えている。その表情は先ほどまでのにやにや笑いではなく真剣な面持ちをまとっていた。御堂は思わず口の中に浮いた唾液を呑み込んだ。
……そうだな。俺は、そもそもあんたを強引に丸めこんだだけなのかもしれないな。監禁して、陵辱して、いつだって嫌がるあんたを無理やりに……
 克哉がいつのことを言っているのか、分かり過ぎるくらいに分かって御堂は息を飲んだ。克哉が、ナイフとフォークを皿の上に置く。
「御堂さんがそれでも俺の元へと走って来てくれた時には心底うれしかったが、あんたがもう俺にはつくづくこりごりだというなら、俺は……
 いつでも身を引く。
 そう、唇が続きそうになるのを御堂は必死に止めた。
「そういう! ……ことがいいたいんじゃない」
 大声を出しかけてから、我に返って小さな声で言葉を続ける。
「何で、こう言う時だけそんな表情を見せるんだ。卑怯だぞ。私が言いたいのはそういうことではない。終わりにしたいのではなくて、嫌になったわけでもなくて、……ただ、もう少し気を使えと、言いたいだけだ」
 出来るだけ当時のことを責めるようなことは言いたくないのに、期せずしてこういう流れになってしまったことが、非常にバツが悪い。御堂もナイフとフォークを置くと、口元へと手をやって、黙りこんだ。
「怒らせてしまって、すいません」
 俯く御堂に、克哉がそう声をかける。御堂の言葉の裏に映るものが見えるから、克哉の唇にはいつしか笑みが浮かんでいる。
「あんたがいちいち俺に素直に反応を返すのが、嬉しいんだ」
 言われて見上げると、すぐ近くに克哉の掌があった。頬を包みこまれて、御堂も顔をあげる。
「あんたが、否定じゃなくて、俺を見て言葉を返してくれる。それが嬉しいからつい何度もやってしまう。悪かった」
 二人に忘れられた鴨肉はだんだんと冷め始めているが、甘い言葉の裏に込められた愛情がくすぐったくて、御堂の頬はだんだんと熱を帯びてゆく。
……少しは、自粛しろ」
 それでも最後の悪あがきのように悪態をつくと、あとは背を伸ばしてテーブルの向こうの克哉とキスをした。

 

 

 

 

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