どうかどうかどうか







時折。
彼はとても嬉しそうに笑顔を見せるときがあった。
それはいつも、
本多さんが、彼の言葉に傷ついたような表情を見せた時。
時折。
彼はとても冷たく、うんざりしたような目をするときがあった。
それはいつも、
本多さんが、熱い論理を振りかざした時。

いつもはおだやかで、臆病で、怒りも悲しみも苦しさも、すべてを胸のうちを押し込めてしまう彼が
突然、かすかに残酷な顔を見せるその瞬間が、
私は何故かとても好きだった。

そして、彼のその表情を引き出すのが本多さんだけだと気づいていて、
私はいつもいつも、それが、悲しかった。



私に向けられる彼の笑顔はとても優しい。
やわらかく、
ふわふわと、
あたたかい。
私はきっと彼に愛されている。
甘いキスの間には、愛の言葉が溢れていて、
私たちはくすくすと笑いあう。

けれど、
彼のうちにある冷たくて残酷な「何か」は、
きっと私を愛さない。
きっと本多さんに対するような冷たい目線もくれずに、
はじめからいなかったもののように、
私の存在をなかったことにするんだろう。



本多さんはきっと、
ふわふわとやさしい彼からも、
鋭利に鋭い「彼」からも、どちらからも愛されていて、

けれど私以外のすべての人が、
その事実に無自覚だ。



だから私は真綿で首をしめるように。
その回りはじめる心の針の動きに気づかないふりをする。
誰よりも彼のことも「彼」のことも愛している私が、
全員の幸せをこの手のうちに、握りつぶす。



どうか、貴方達のすべての想いが、
すべて形になる前に崩れ落ちてしまいますように。
「彼」を見ていられるのが私だけでありますように。
「彼」が、いつまでも誰にも愛されずに、彼のうちで死んでいきますように。

誰にも愛されず、
彼自身にも気付かれず、
ただ、
私だけが「彼」を見ていられますように。
どうか。
どうか。
彼の胸のうちで死に絶えるその日、
憎悪の瞳で私を見てくれますように。





ああそれでもいつか
歓喜なる産声をあげて
彼らの愛が巡りはじめたなら、
どうかその日、私の目がつぶれて見えなくなってしまいますように。













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