因果



ここのところ遅くまで仕事に追われてろくに寝ていないことを見かねた部下に、
「いいかげん今日は帰って寝てください。
御堂さん一人に働かせていると思うと、悪くてこちらもおちおち休めません」
と半ば強引に会社を出させられた。
ミスの尻拭いに責任を感じて仕事に追われているように思われているのかもしれない。

気を使ってくれるのは有難い。

だが。

家に、あいつが居るかもしれない。
いつ、やって来るかも知れない。

そう思うと、恐怖に身がすくんで、家で安らぐどころではなかった。
家に帰り暗い部屋の明かりを付けることに、いちいち躊躇する。
些細な物音の全てに過剰に反応する。
今までなら聞こえてもいなかった、家の外を歩く隣人の足音にすら敏感になった。
いつ、ドアノブが回されるか。
いつ、あの悪魔がやってくるか。
考えれば、夜も満足に眠れず、追い詰めるような奴の声が頭を離れてはくれない。
眠りは浅く、ささいな物音一つに目が覚めてみれば、汗ぐっしょり、なんてこともざらで。
仕事中もともすればあの男のことが頭を巡って集中出来ずに居る。
そんな自分に対して腹が立ったが、身にしみた恐怖心は拭えそうに無い。
今日も、どうしても家に足が向かず、懇意にしているレストランへと足を運ぶことにした。



「御堂様、いらっしゃいませ」
柔らかい笑顔で迎えてくれるソムリエに、ようやく日常を思い出してこちらも自然と笑みが浮かんだ。
「今日はお一人ですか?」
「ああ。たまたま仕事が早く終わったからな」
「それは、有難うございます」
仕事と関係の無い他愛無い会話も、そういえば久しぶりのような気がする。
第三者の目線を意識して、つとめて何も代わりがないように振舞った。
カウンター席の端に座り、ソムリエとワイン談義をしながら勧められたワインをくゆらせた。
あまり食欲がない、というと、あっさりめのコースを用意してくれた。
仕事疲れへの配慮か、野菜が多目のスープや、前菜。
メインも、白身魚メインのあまり塩気の強くないあっさりとしたもの。
それらを味わいながらの、ささやかな雑談。
食べ物の味を、きちんと味わいながら食べることすらひさしぶりのように感じた。
疲れた体に、暖かいスープが染みる。
ざくざくとした角切りにされたオニオンの歯応え。
些細な日常。
当たり前であったはずのそれが、得難い貴重な時間のように思えた。
芳醇なワインの味に、強張った体が溶けていく。

「少し離れますね」
ソムリエがわざわざこちらにそう断りを入れて、他の客の相手をしにカウンターを離れた。
ぽっかりとあいた沈黙の時間の隙間に、また思い出したくない男のことが頭をもたげてその予感に頭を振った。
あの男が何を考えているのか、さっぱり分からない。
はじめから不遜な態度が気に食わなかった。
なのに、仕事を依頼する気になったのは、何故だったか。
あれがそもそもの元凶だった。
苦々しい思いが口の中に広がる。
すべてを断ち切りたい、があの男があのDVDを持っている限り、ろくな抵抗が出来ないこともわかっていた。
拒否すれば・・・、
きっとあの男は本当にすべてをぶちまける。
どんな手を使っても、それをやり遂げるだろう。
皮肉にも、その仕事ぶりを日々見ているからこそ、その確信は恐ろしかった。
突然に、店の中の雑音が耳にリアルに入ってきた。
ざわめきに苛立つ。
(悪酔いしたか)
そう思い、手洗いへと立った。
個室が二つあるだけの小さい手洗いだ。
用を足して、冷たい水で手を洗う。
念入りに。
念入りに。
頭の中にこびりついて離れないものを落とそうとするように、しばらくそうして、水に手を浸していた。



レストランの店内に戻ろうと、扉を開けて一歩踏み出した途端、
御堂は思いがけない人物を見つけ、思わず立ち止まった。



・・・佐伯。

目にした姿に一瞬、体中が総毛立つ。
自分を追ってきたのか、と思い恐怖に身が震えた。
しかし、その隣にキクチの片桐課長の姿を見つけて、そうではないことを知る。
(仕事の付き合いか・・・)
プライベートでこの二人が仲良くしている姿など、想像も付かなかったが案外友好的な関係なのか。
あの、ぼんやりとした課長と悪魔のような佐伯が懇意にしている様子など想像も付かない。
二人は何か話しながら奥の席へと歩いていった。

席に戻ろうとしても、会計をすませようとしても、どうしても二人が座っている席を通る羽目になる。
顔を出せばまた何を言われるかたまったものではない。
第三者を挟んで会ったとしても、本多の時のようにからかわれるのは必至だ。
下手をすれば、またおかしなクスリでも仕込まれて
家まで送るだのなんだの言ってついてこられかねない。
そう思うと、そこから足を踏み出すことができなくなった。
その時、片桐の顔がこちらを向こうとしているように見えて、とっさにトイレへと戻ってしまった。

(何をやってるんだ私は・・・)

個室に舞い戻ると、そこに座り込んで呻いた。



突然、ばたん、と洗面所のドアが開く音が聞こえた。
足音は二つ。
だが、そのうちの一つは、ただ歩いているだけにしては乱れている。
その足音はそのまま二つとも隣の個室へと向かっていた。
また、ばたん、と個室のドアが閉められ鍵がかけられた音がした。
誰か酔いつぶれたのか?
かちゃ、かちゃとベルトのズボンが降ろされる音が続けて聞こえる。
どうしてだか、御堂は声を潜めるようにして、身じろぎをやめ気配を消した。

「つ・・・。ん・・・・・・あ・・・」
その時、小さく、声が聞こえた。
まるで、情事の最中のような声。
まさか、と思いながらも聞き耳を立ててしまう。
「案の上、感じまくってたみたいだな。あんなたくさんの客がいるところではしたないなあ・・・」
小さく、だがはっきりと聞こえた声に、ぞくりとする。
それはとても聞きなれた・・・最も聞きたくない声。
自分に日々投げかけられるのと同じ、人を嘲る悪魔の囁き。
(・・・佐伯)
思わず体が固まり、動けなくなった。
ひそひそと、告げられる声に、嫌悪が体を駆け巡り
自分に向けられているのではないと分かっていながら既視感に体が硬直する。
「んっ・・・。・・・ぁ・・・、止めて・・・く・・・れ・・・」
答える声にさらに御堂の目が見開かれた。
これは、片桐の声だ。
そう気付き、愕然とする。

「いいざまだな、片桐さん。トイレに連れ込まれて男に犯られるなんて、どんな・・・気分ですか?」
吐息が、かすかに漏れ聞こえてくる。
途切れて聞こえる、悪魔の声。
今なら、顔を合わさずに店を出ることが出来る。
分かっているのに、体が動かない。
囁く声はすべてが聞こえる訳ではないが、そこで起こっていることを知るには十分だ。
・・・片桐もまた、佐伯克哉に良い様にされている。
その事実に、御堂は心の中で何かが弾けるのを聞いた。

結局、あの男は誰でもいいんだ。
自分の思うとおりに屈服させることが出来るならば、それが誰であれ。
自分の我侭をつきとおすため、
そして征服欲を満たすためだけに、どんな手段を使っても何人もの人間を陥れて。

それは別に私じゃ無くたって。
誰だって。

唇から微かにうめきが漏れる。
結局、誰でも良かったんだ。
私でなくとも。
たまたま私が目標の引き上げを口にした。
ただそれだけ。
ただそこにきっかけがあった。
ただそれだけのことで、
それ以外に何一つ理由なんて無かった。
自分だけが執着されている訳でもない。
私はあいつにとって、大勢の中の一人でしかない。
別に、
私でなくても。

その事実に、胸のうちに黒いものがわだかまる。
胸に無理やり刃物でもつきたてて、黒くしこった物を取り出したい衝動に駆られた。
たかが、そんなことで、自分はこんなにもきつい思いをしていたのか。
日々追い詰められて。
あいつ一人のために、生活のすべてを塗り替えられて。
仕事まで上手くいかなくなって。
日々夜魘されて。
あんな、四十過ぎの腑抜けた男でもいい、
あいつの欲を満たすのは、別に私である必要もなかった。
絶望的なその事実に唇が乾く。
御堂は一人頭を抱えた。

かちゃ。
トイレのドアを誰かが開ける音に、体がすくんだ。
関係ない若者二人が、合コンの話をしながら用を足している。
その音に、隣の二人から音が消えた。
どんな格好で、息を潜めているのか。
頭が勝手に想像を巡らせる。
ひそかに囁くような幻聴までする。
(御堂さん、声出してもいいんですよ。
トイレで犯されて感じる淫乱なんだって、知らせてやればいい)
耳の奥に聞こえるその声に、ぶるりと震えた。
ひそめた息が、荒くなる。
想像は、何故か片桐と佐伯ではなく、佐伯と・・・自分だった。
(嫌らしいなあ。こんな状況に、こんなに興奮してる。
もう、こんなに堅くして)
息を押し殺せば押し殺すほど、耳元で聞こえる幻聴は御堂の耳をかすめるように響く。
押し殺した息の下、何かが熱くせりあがってくる。
関係ない若者の会話だけが響く静けさの中、御堂のモノはいつしか血を集めつつあった。
喉が渇いて仕方なくて、何度も、唾液を飲み込む。
それでも飢えるような思いはおさまってはくれない。

若者二人は、何やら相談を終えると個室から出て行った。
ほぅ、と肩から力が抜けていく。
「あぁっ!!さっ・・・佐伯・・・くんっ・・・・・・駄目・・・だ・・・・・!!」
安堵しかけたところに、突然片桐の悲鳴が聞こえた。
そして、ガタガタとトイレのフタが揺れる音が聞こえてくる。
ガタガタガタ。
その音が何を意味しているのかが、嫌なくらいに分かって御堂は背筋を凍らせた。
片桐の喘ぐ声が、耳元に聞こえてきて、とっさに耳を塞いだ。
それでもガタガタと鳴る音だけは耳障りに残り続ける。
「そんなに・・・声を上げたら、外に聞こえるぞ?」
克哉の声にびくんと体が震える。
息が荒くなり、気付けば御堂のモノは堅くそそり立っていた。
ガタガタガタガタ。
リズミカルになる音が、克哉の動きを想像させる。
いつしか御堂の右手は、自分のモノへと伸びていた。
ガタガタガタ。
音にあわせて、手が動く。
克哉がそうしていたように、手がいやらしく性感を煽る。
手はどんどんとせわしなく貪欲に快楽を求めだす。
うしろも、つかれることを望んで、ひくひくとふるえだす。
その衝動を押さえ込むように、前を握り締め、きつく擦り上げた。
性急に上り詰めていく体に
「んん・・・っ」
思わず吐息が漏れそうになったとき、
「もうイキそうだな・・・。自分でも見てみろよ?」
克哉の声が耳に届いて、ぶるりとまた体が震えた。
達しそうに張り詰めたそれが目に入る。喉がからからに渇いて、舌が喉に張り付きそうだ。
ガタガタガタ。音が大きく、その動きの性急さを伝えて、
突如、
音の間に片桐の悲鳴に似た声が響いた。
その音にあわせるように自分もまた、精を放った。

どろりとしたものが、その手にかかる。
「・・・・・・」
ぐったりと、背をトイレへともたれかけさせた。
白い白濁が、手にべっとりと残る。
放心状態で、上を見上げた。
力が抜けていき、それとは逆に心に苦いものが沈殿していく。
「これでわかっただろ、俺はあんたを汚したいだけなんだって」
隣から聞こえる克哉の声が無常につめたく響く。
苦々しい思いはどうしようもなく、ヘドロのように心を汚していった。
自分以外の人間へも同じように鬼畜に人を汚している克哉と、ろくに抵抗もせずに嬌声を上げた片桐への憎悪がどんどんと湧いてくる。
そして、こんなところで一人自慰に溺れた自分のどうしようもなさに
がくりと、首が下へと落ちた。
横では、後始末でもしているのか、いろんな音が聞こえてくるが、
それでも御堂は動けない。
そうしてバタン、とトイレの扉が閉まったと分かったとき、
御堂はきつく眉をしかめて、うめき声を上げた。

 

 

金曜日。
早々に仕事を切り上げた克哉は、御堂の家へと足を進めていた。
昼間MGNに御堂を訪ねたが、居留守を使われた。
片桐はもう自分の手の中に堕ちたが、御堂はさすがに手間がかかる。
(お仕置きをしてやらなくてはな)
そう思い、あれこれと準備をしてから御堂の家へと足を運んだ。
時計を見るとまだ20時。
まだ御堂は戻ってないかもしれないが、それならそれで部屋で待たせてもらえばいい、
自分がいると気付いた時の表情が見物だ、
そう思い、御堂のマンションへと向かった。
案の上御堂は帰っていないようで、部屋の中はしんとしている。
カードキーを使い、なんなく部屋に入った克哉はぐるりと部屋を見渡した。
あいもかわらずきれいに片付いた部屋は、しんとして無機質に佇んでいる。
暗い部屋の向こうに見える夜景だけが妙に眩い。
克哉は興味なさげな瞳で、下に見える闇夜の宝石をぼんやりと見つめていた。

刹那。
どたどたと走る音が聞こえ、とっさに振り返ると、
切羽詰った表情の御堂が何かを自分に向けて突き出し、
一瞬にして痛みが駆け巡り、
そうして世界は白色に染まった。





ほどなくして目を覚ました克哉は、現状を認識すると、軽く舌打ちをした。
両手首にはどこから手に入れたのか手錠がかけられており、
そのまま伸びた鎖で、ベッドの端へと括り付けられていた。
目の前には御堂が、仁王立ちでこちらを見ている。
その目には静かな狂気が滲んでみえた。
「今日はどういう趣向ですか?」
仰のいて御堂を見上げると、唇の端を笑いの形にゆがめて克哉が聞いた。
薄い色素の瞳は、恐怖などは浮かべはしない。
興味と嘲りで縁取られた瞳が、さらさらと流れる髪の間から御堂を見つめた。
「会社にお前がアポをとったと聞いて、きっと今日は来ると思っていた」
ベッドの前に立ったまま、御堂がまるで独り言のように小声で言った。
その手に握られているのはスタンガン。
ああそれでやられたわけか、などと克哉は他人事のように思った。
「私はこれ以上お前に良い様にされるつもりはない」
そう言うと、手に持っていたスタンガンから力を抜いた。
がしゃん、と音を立てて機械は床へと転がった。
「そんな物騒なもの、よく手に入れられましたね。御堂さんにしては上出来じゃないか。
犯罪に身を染めるほど、俺が怖かったですか?」
「煩い。お前のような犯罪者から身を守るための自衛だ」
「自衛、ね」
それを聞いた克哉は喉を鳴らして笑う。
「自衛にしては、拘束の上監禁だなんて、少しやりすぎてはいませんか。
俺のことを犯罪者呼ばわりしますけど、これだって立派な犯罪ですよ」
そう言って、後ろ手に嵌められた手錠をかちゃかちゃと揺らした。
動く克哉に合わせてベッドが微かに軋む。
「まあ、こういうのもプレイにはつき物だが、俺はどちらかというとあんたにかけて楽しみたいな」
「貴様・・・。黙れ。犯罪者はお前だろう!」
「ふっ。何を言ってるんです。
あんたは俺に犯されて、散々善がってイったじゃないか。
そのあとだっていつもそう、俺はいつだってあんたを楽しませてやってるだろう?」
「黙れ!私は知ってるんだ。
お前は片桐課長にも似たようなことをしてるだろう。
お前なんか、犯罪者以外の何者でもない!」
思ってもみなかった言葉を言われて、一瞬克哉の動きが止まった。
「へぇ。御堂さん、よくそんなことを知っていますね。誰に聞いたんですか」
否定しない克哉の言葉に御堂が動揺した。
ガタガタガタ。
あの日聞こえた耳障りな音が、耳のうちで再生される。
「そんなことはどうでもいい。・・・貴様は誰にでもあんなことをするんだな」
「ええそうですよ。誰かに言うことを聞かそうとおもったらかなり有効な手段でしょう。
その証拠にあんただって目標を取り下げた。
ああ。もしかして、嫉妬してるんですか。俺が他の男と寝たことを」
にやにや笑いが無性に勘に触る。
「・・・そうじゃない。私はお前に復讐したいだけだ」
「・・・どうだか」
「煩い黙れ」
「興奮、してるんでしょう?」
「・・・違・・・」
「・・・これ、外して下さいよ。
こんなことをして、ばれたらどうなるかくらい、ご聡明な御堂さんなら分かっているでしょう」
じゃらじゃらと、また手錠を揺らす。
電気もつけない暗い部屋は、カーテンの隙間からの月の光だけが差し込んでいて、
御堂の頬を白く浮き上がらせていた。
蒼白な顔は、余裕をなくして大きく見開いた目が御堂の興奮を伝えている。
「こんなこと、うまくいくわけがない」
「黙れ黙れ黙れ」
「手を離してくれれば、抱いてあげますよ。あんたのことも」
「煩い!」
ヒステリックな御堂の叫びとは逆に、克哉は淡々と冷静に、相手をあやすかのように甘い色を含ませている。
「こんなことをしても、所詮常識人なあんたはその先なんて思いつかないくせに。
それとも、この間の逆で、俺を抱いてみますか?案外、いい声で啼くかもしれませんよ」
「黙れ」
御堂は克哉の上に馬乗りになると、その首を掴んだ。
「お前とあの課長はどういう関係だ」
「たいしたことありませんよ。
ただ、あのお人よしにイライラしたから暇つぶしに何度か無理やり愉しませて貰っているだけだ」
「・・・貴様・・・」
「だが、順応性が高いんだか最近あまり嫌がらないからな、飽きた」
つまらなそうな顔をしてそういう克哉に更に怒りが増す。
「そんなことを言って・・・」
「あんたはまだまだ愉しませてくれそうだと思ったんだがな・・・」
そう言って薄く笑う。
「他にも、あんなことをしているやつがいるのか」
「何人いると思います?」
真剣に聞く御堂をせせら笑うようにしてそういう克哉に、怒りで手が震えた。
喉元を掴み、じりじりと押す。
「お前は一体何を考えているんだ・・・」
「セックスがしたい」
あっけらかんと言われて身じろいだ。
「犯したい。悲鳴を聞きたい。支配下に置きたい。苛め抜いて、苦痛に歪む顔が見たい。
ああ、調教して俺好みに仕立て上げるのも楽しいな」
「・・・貴様」
「獲物は多いほうがバリエーションがあって楽しいだろう?」
「きさまああああああ!」
我を忘れて喉をぎりぎりと締め上げる。
「ぐっ・・・」
締め上げた喉から音が漏れる。
それでも克哉は笑みを浮かべたまま。
苦しそうな表情はしながらも、御堂をあざけ笑っている。
もがこうともせずに、締められたまま、にやにやと御堂の顔を見ていた。
急速に赤くなる顔は如実に苦しみを伝えているのに、
その唇の端に浮かんだ皮肉な笑みに、さあっと冷水を浴びせられたように力が抜けた。
げほげほげほ・・・。
克哉はしばらく俯いて咳き込んでいた。
御堂の手はだらりと、ベッドの脇へと落ちた。
「く、くくく。くくくくく・・・」
俯いた顔から笑い声が聞こえてくる。
心底楽しそうな声。
「御堂さん、人のことを監禁した上首を絞めるだなんて、かなりの重罪ですよ。
あーあ、首に痕が残った。明日仕事にいけないじゃないですか」
「煩い。うるさいうるさい」
御堂は頭を抱えてかぶりをふる。
狂気に満ちた目が、怯えたように揺らぐ。
「殺したいなら、最後までやりきらないと駄目じゃないですか。
二度とあんな苦しいのはごめんですよ。他の遣り方を考えてもらわないと」
「お前は・・・何なんだ」
御堂が頭をかかえたまま呟いた。
「お前は・・・何を考えてるんだ」
監禁して、首まで絞めて、なのに何故そうも余裕綽々としていられる。
問い掛けに、克哉はにやりと笑い、あとのくっきりとついた首元を御堂へと向けた。
「俺が、欲しいんだろう?他の誰にも渡したくないんだろう?
監禁して。首まで絞めて。そうまでして俺を独占したいのか?可愛いなあ。御堂さん」
「ちがっ・・・」
「違わない。自分の欲望を素直に認めろといつもいっているだろう?
あんたは俺に愛されたくて仕方ないんだ。

あんたがこんなに独占欲が強かったなんてなあ。くっくっ・・・」
「黙れ。黙れ。黙れ」
克哉の言葉に、自分のうちにわだかまっていたものが、
冷水を浴びせられたかのように、形をあらわにして行く。
それを認めたくなくて、御堂は大きくかぶりを振って声を荒げて克哉の言葉を遮ろうとした。
しかし、克哉はそんな御堂をまっすぐに見つめると、唇を開いた。
「御堂。
俺が欲しいのなら素直になれ。
お前の欲望を見せてみろ」
お前の本当の望みはなんだ?
そう問いかける克哉の目に見つめられると、喉がからからに渇いた。

 (私は・・・)
御堂はがっくりとうな垂れた。
克哉の言う通りだ。
この男が他の人間とも関係を持っているという事実に狂いそうだった。
自分は何人でもいる男の中の一人でしか無かった事実に絶望した。
あの日、自分の中に無理やり押し込めていた底なしの欲が鎌首をもたげた。
笑みを浮かべる整った顔立ちの悪魔に、どうしようもない独占欲が湧くのを止められない。
この男を、独り占めしたい。
自分だけのものにしたい。
誰にも、渡したくない。
自分の中に貪欲に湧く思いに気付いて、ぞっとした。
(何故・・・)
「私は・・・」
言葉が続かない。
我に返れば、被害者だったはずの自分は立派な犯罪者になっている。
監禁して、首まで絞めて。
これではどうやっても言い逃れは出来ない。
それでも解放してやろうとは思えなかった。
解放すれば・・・、二度と目の前の男は、手に入らなくなる。
もっと、面白い玩具を求めて、自分を捨てるだろう。
最悪訴えられるかもしれない。
いずれにしても、解放してしまえば、すべてが終わる。
その想像に、何も動けなくなった。
克哉はそんな御堂を見つめていた。
「御堂。もっと顔を寄せろ」
「え?」
思わず惚けたように克哉のほうを向くと、
克哉が体を前にぐい、と倒してきた。
唇と唇がぶつかる。
そのままに、激しく唇を重ねられた。
「ん、んんっ・・・」
下唇を噛むように深く咥えられたかと思うと、舌が口内へと入り込んでくる。
御堂の舌を見つけると、深く、深く絡められた。
「ん・・・ふぅ・・・」
思わず鼻から息が漏れる。
途中まで呆然とされるがままになっていた御堂だったが、
自分がはなった甘い声に誘われるがままに、積極的に舌を絡めた。
御堂の手が、克哉の頬を掴む。
舌を絡めたまま、そっと目をあけると克哉の瞳が欲望に濡れている。
その唇の柔らかさや唾液の音に性感がどうしようもなく煽られて、
気付けば前が立ち上がっていた。
もっと得ようと、克哉へと馬乗りになり、両手で克哉の顔を掴むとさらに深く唇を重ねる。
克哉の舌が、歯茎をくすぐり口内をぐるりと舐め上げた。
「ん・・・」
思わず克哉の上で腰が動くと、そこにはすでに大きくなった克哉のモノがあった。
「あ・・・」
隠すことない欲望に触れ、御堂の心臓が跳ねる。
腰がもぞもぞと動き、続きを要求する。
沸きあがる情動に頭がぐらぐらとして、まともな思考が保てない。
唇を離すと、唾液がつぅと二人の間に垂れた。
克哉の唇が、唾液に光っている。
御堂を覗き込む克哉の顔にぞくりとした。
白磁の頬、歪んだ笑い顔は、凄惨なまでの凄みを持ってこちらを挑発している。
思わず乾いた喉を何度も鳴らした。
「どうしたい?」
すべてを見透かしたような薄い色素の瞳が、笑みを伴って御堂の心を覗き込む。
わざと股間を御堂の尻へと摺り寄せて、入れたいのだと無言で要求しながら。
御堂は何かを言おうと唇をぱくぱくとひらくが、結局何も唇からは漏れることなく、荒い息だけが空間へと放たれた。
頬を強く掴んでいた腕を、ずるずると体のラインに沿って滑らせる。
赤く手の形を残す首元。
肩のライン。
後ろ手に拘束され、後へと伸びる腕の、二の腕の無駄の無い張りが服の上からでもよく感じ取れる。
その腕に沿って、手のひらを後へと滑らせて、そのまま克哉をきつく抱きしめた。
興奮して、互いに熱くなった身体から、高鳴る心臓の鼓動まで聞こえてくる。
克哉の首元に首を埋めれば、淡く煙草の香りに混じって、彼自身の体臭が香る。
それはまるでアロマのように、心を埋めていく。
しばらく、互いに何も言わずただ抱きしめ、抱きしめられるがままになっていた。
「どこへも行くな・・・」
小さな小さな声が御堂から漏れた。
顔を肩へと埋めたまま、腕にいっそうの力を込める。
腕の中にある男のすべてを掴んで離さないというように、手に込められた力は強く軋むほどにきつい。
克哉の腹に、御堂の堅くなったものが押し付けられている。
無感動な瞳で、部屋の隅を見つめていた克哉は、御堂の首筋へと舌を這わせだした。
味わうように、舌を押し付けたかと思えば、舌先でなぞるように淡く這わせる。
「あ・・・」
御堂の身体がぴくりとふるえた。
身じろぎ身体を離す。
「佐伯・・・」
手を伸ばして首を絞めれば、
ナイフを突き立てれば、
このまま解放せず何も食べさせずに放置しておけば、
いくらでも奪える命に暗い欲望が湧いてくる。
もう一度唇を寄せると、克哉の唇に噛み付いて舌を深く絡ませた。
そのまま、手を克哉の首元へと這わせて、シャツを一思いに引きちぎった。
ボタンが飛んで、床でからからと音を立てる。
そのまま、性急に自分の服を脱ぎ、ベッドの下へと脱ぎ捨てた。
そうして克哉のスラックスに手をかけると、躊躇せずに克哉のモノを引きずりだす。
「お前は私のものだ」
薄い笑みを浮かべて御堂が克哉の頬に手をかける。
爪を立てて、視線を合わせる。
その目は狂気に濡れていた。
指を克哉のモノに這わせると、軽く扱く。
先走りを指の腹で屹立へと撫で付けると、そこへと深く腰を落とした。
「あ・・・」
声が漏れる。
熱いモノが自分の中にある。
その事実に身体が更に熱を増す。
「そうだ・・・。欲望を認めてしまえ・・・」
促す言葉のままに、ゆるゆると腰が動き出す。
「あ・・・は・・・んっ」
自分の思うがままに、腰を落としては、イイところへと擦りつける。
右手は、自分のモノを握りしめて、きつく擦り上げていた。
「佐伯・・・」
動けない克哉の上で、自分の思うがままに快楽を貪る御堂は、羽化したばかりの蝶のようにしっとりと濡れはじめていた。
克哉は笑みを浮かべた表情のまま、御堂の変化を見つめていた。
何度も何度も唇を貪っては、また身体を震わせて腰を揺する。
「さえっ・・・」
御堂は夢中で欲望を貪った。
克哉も合わせるように腰を使い始める。
「気持ちいいだろう?御堂さん・・・」
耳元で低い声が促せば、
「んんっ・・・」
身体の裡を震わせて御堂が啼いた。
上り詰めるまで、あとは性急に腰を揺する。
「誰も・・・見るな」
「どこへも、行くな」
「お前は・・・私の・・・」
克哉の頭を力強く抱きしめて、震える声で囁き続ける。
下から突き上げる動きもまた激しくなり、ベッドがギシギシと軋む音が響く。
やがて訪れる時。

「あああああああぁっ・・・」
絶叫が響き、御堂が身体をひくつかせて果てた。
白い白濁が、克哉の腹へと注がれる。
同時に、御堂の裡にも熱いモノが注がれた。




きつく震える身体をその身に感じながら、克哉はその下で密やかに笑んだ。



(これで御堂も堕ちた)
罪に手を浸して。
それでも自分を求めてきた。
その事実に心の奥でぞくりと悦びが湧く。



ようやく手に入れた熟れた果実を手の内に転がすように。
少し力を加えれば、簡単にその内でひしゃげるその甘い香りを堪能する。
御堂の心が完全に自分へと縛り付けられたのを感じながら、


どんな酷い言葉と態度で突き放してやろうか。





そんな企みを克哉がしていることに、御堂は気付かない。

 

 

 

 

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