ひらり。はらり。







ひらり。はらり。

満開の桜の下。
風に乗って舞い落ちる花びらを、御堂の手が追った。
夜深く、ライトアップされた桜は昼の光の下見るそれよりも、いくらかはっきりとした白さを際立たせている。
「さすがに、これだけ遅い時間だと花見客もいないか」
そう言って後ろを振り返ると、いささか不機嫌そうな面持ちの克哉が顔を上げた。
「ああ」
短く、言って、また俯く。
「そんなに嫌だったか?」
「いや・・・。
あんたは見たかったんだろう?別に付き合うくらいならいい」
そう言いながらも、表情は硬いままだ。
「・・・有難う」
自分のためか、と気付いて素直に感謝する。
「来たかったんだ・・・」
そう言って、空を仰いだ。
風が頬を撫でていく。その感触に目を細めた。



「御堂さんが花見なんて風流な趣味をお持ちとは、ね」
ベンチに座り、ぼんやりと桜の花を見上げていたら、隣から声をかけられた。
「ん?
お前は私を何だと思っているんだ。
日本人の端くれとして、桜くらい愛でる心は当たり前にあるぞ」
「それだけか」
「ん?」
「何か、桜に思い入れでもあるのかと思った」
「・・・別に。年に一度くらい、花を見上げてぼーっとするのもいいだろう。
最近、仕事が忙しくてゆっくりなんてしていられなかったし」
そう言うと、少しだけ、隣に座る克哉にもたれ掛った。
「お前もぼーっとしろ・・・」
そう言うと、また視界を桜へと戻した。

「・・・桜は嫌いだ」
苦々しげな顔をして、
ベンチの下にも落ちる桜の花びらを、靴底でぐりぐりと踏み躙った。
「さっきもそんなことを言っていたな。
この風情を解さないとは、粋じゃないぞ」
不機嫌な顔を、覗き込む。
薄い色素の瞳の上、眉に寄る皺を見てにやりと笑った。
「あんたはやけに楽しそうだな」
「お前がそんな仏頂面をしてるのは珍しいからな。来年もまた来よう」
嬉しそうに笑う顔を見て克哉は眉根を和らげた。
「あんたも大概どSだな」
そう言って笑い返す。
「どSでどMだなんて、美味しすぎるな。御堂さん」
「な、何を馬鹿なことを・・・」
思わず赤くなる顔に、
「・・・あんたはそうやっていつも動揺しているといい」
にやにや笑いを送った。



「風流なんてことを言うが、桜の下には、死体が埋まってるって言うぞ」
「これだけの並木全部にいちいち死体が埋まってたら溜まったもんじゃないがな」
「俺はずっと、桜の下に埋められていたんだ」
唐突に、克哉がそんなことを言い出した。
「は?」
「俺が俺であると都合が悪いからと、穴を掘って埋められた」
「・・・何かのたとえ話か」
「俺の血を吸っていながら、たいした花も咲かせない桜を見ては
いつも土の中でイライラしていたんだ」
「・・・なんだか蝉みたいだな」
「・・・御堂さんこそ風情を分かっていませんね」
「お前が意味の分からない話をするからだ」
「だから、桜は嫌いです。
はらはらひらひらと、雨に濡れればすぐに散る。
薄らぼんやりした色も腹立たしい。
人の血をすすっておきながらその弱さは、イライラする」
「・・・お前に真っ当な情緒を求めた私が馬鹿だった」
頭を押さえる御堂の髪を克哉が撫でた。
「次に埋められるなら、あんたの下がいい・・・」
何を馬鹿なことを、そう言おうとして顔を見ると、克哉は案外真剣な表情をしていた。
それ以上は何も言わず、髪をなで続ける。
「私は君の生き血を吸うような趣味はないぞ」
ヴァンパイアじゃあるまいし、とひとりごちて髪を撫で続ける男の手を遮った。
「だいたいお前は十分私の隣に咲いているだろう。
嫌味なくらいに枝葉を広げて」
お前のどこが肥料なものか。
誰よりもゆるぎなく、
真っ当な強さでもって、
この世界に咲いているのはお前のほうだろう。
そう思うが克哉はまだ、桜の下に思いをめぐらせているようだった。
「あんたの下に埋められたら、
あんたはちゃんと俺の血を吸って、こんな薄らぼんやりした色じゃなくて
真っ赤な花びらを散らせてくれよ。
俺の眠る足元に」



ひらり。はらり。
涙のように落ちる赤色。
きっとそれはきれいだが、
悲しいな。





「来年もまた来よう」
意外なことを言い出した男に御堂は目を丸くした。
「嫌い・・・なんだろう」
「嫌いだ。
嫌なことばかり思い出す。
だから毎年お前と来る。
お前は毎年俺のためにせいぜい桜の下で啼けばいい。
あんたの艶姿で、俺の記憶を塗り替えろよ」
そう言うと、手が下半身へともぐりこもうとする。
「馬鹿・・・。外で・・・なんて」
抵抗しようとする御堂を難なく抑え込むと耳朶を噛み、
「せいぜい俺のトラウマを癒してくれ」
そう言って、狭いベンチへと御堂を押し倒した。
闇夜に薄く映える白い肌が、うっすらと紅に染まる。
その色は、悪くない。
ひらり。はらり。
舞い落ちる桜が御堂の頬へと舞って、落ちた。






桜の下でなんて死にたくはない。
けれどあんたと共に歩むなら、
桜の下も、悪くない。













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