初恋



取引先の社長と、御堂と克哉の三人で打ち合わせの会食をしていた時のことだ。
「佐伯社長も御堂君もこの若さで起業とは思い切ったことをするものだな。
しかも二人とも驚いたほどに美形だ。
はじめ君たちが営業に来た時はホストクラブかなんかを立ち上げたのかと勘違いしたよ」
50代前半、たるんだ腹をゆすりながら笑う社長に、
克哉はにっこりと営業スマイルを浮かべて礼をいった。
「佐伯君は元は小さい会社にいたというしまだ20代だからそうでもないかもしれないが、
御堂君なんか前職もMGNの部長だろう?相当もてたんじゃないのか?」
話を振られても御堂は笑顔を崩さない。
「そんなことはありませんよ。
仕事人間で部下にも厳しいことばかり言ってきましたから、
遠巻きにされるばかりでモテるも何も」
「そんなことないだろう?そういう頼りになる男が好みーなんていう女の子だっていっぱいいる。
より取り見取りだろう。二股三股くらいお手の物だったんじゃないか?」
にやにやしながらさらに追求しようとする社長に
「それを言ったら社長こそおもてになるでしょう。
いろいろと武勇伝を聞かせていただけませんか?」
にっこりと笑顔を浮かべて克哉が話を逸らした。
「いや、まあこれでも若い頃はな・・・」
馬鹿正直に誘いに乗るまま話し始める社長を横目に、御堂は気づかれないようそっと安堵のため息をついた。



克哉の自宅について。
コートを脱ぎながら克哉が言う。
「やたらと御堂に絡んできたな、あのおっさん」
「お前が話を逸らしてくれて助かった」
靴を脱ぎながらぶっちょう面で御堂が言う。
「あんたがあんまり若くて有能で美人過ぎるから嫉妬したんだろうよ」
にやにやしながら克哉が言うと、
「それを言ったらお前のほうが地位も上だし、俺より若い。顔・・・だって・・・」
そう言って顔を見ながら、素直に賞賛するのが恥ずかしいのかそれ以上は言わず、にらみつけてきた。
「俺なんかより、ずっと御堂さんのほうが美人ですよ」
だから耳元で囁いてやる。
「ば、ばか野郎」
すぐに耳まで真っ赤になるからこの人を苛めることを止められない。

ソファに座ってワインを飲む御堂の横に座り、
「若くて、美人な御堂さん。ねえ、相当もてたんじゃないですか?」
わざと、先ほどの社長の言葉を真似るようにして言う。
お前が言うな、そう目が言っている。
「より取りみどりだったでしょう?ねえ。
その中の何人を抱いたんだ?二股、三股くらいかけたりしたのか」
「・・・そんなことする訳ない」
にらみつけながらきっぱりと言う。
「そりゃあもちろん付き合った女くらい何人かいるが、そんな不誠実なことはしていない。
ここ数年はMGNの部長になって忙しくて女を作る余裕もなかったし、
仕事が面白かったから別に不満もなかった・・・」
機嫌が悪そうにそういう御堂の髪を、そっと撫でる。
「・・・そんなに面白かった仕事を、俺が奪ったんだな」
ちりり、胸を焦がす感情に、素直に自嘲して言った。
はっと御堂が顔をあげる。
「・・・今の俺には、前よりずっとやりがいある仕事も、恋人も居る。
それで、十分満足している」
怒ったような顔のまま、愛の告白をしてくるから、いとおしくて堪らなくなる。
「御堂さん・・・」
そう名前を呼んで押し倒そうとすると、拒むように御堂が身体を押し返してきた。

「嫌か?」
そう聞くが、答えは返さず御堂が赤くなった顔で少し何かをためらい、
そうして聞いてきた。
「お前こそどうなんだ。・・・その・・・」
続きを口に出せなくて、克哉の目の色をじっと見ている。
それでも克哉が自分からは何も言わないと気づくと、人のせいにするようにしていった。
「どうせお前は酷いやつだからな、自分の好きなようにばかりして、
飽きたらすぐ捨てる、なんてこと繰り返してたんじゃないのか。女も・・・男も」
男も。そういったときの御堂の顔が、少し歪んだのを克哉は見逃さない。
「信用ないんだな俺は」
そういうと、御堂の首筋に舌をはわせた。
びくん、身体が揺れるのを楽しみながら、しばし味わうように舌を這わせてから、また御堂のほうを向いた。
「ずっと昔、大学のときに付き合ってた女はいるが、それもすぐに別れた。それ以外は何にもない」
だいたいそれだって、「アイツ」の話で俺じゃない。
俺はもうずっと長い間、「アイツ」の中で眠っていたのだから。
「アイツ」の中に閉じ込められて、ただ一人、世界と裏切りを、憎んでいたのだから。
だいたいあの女だって、今思い返してみても、何が良かったのかわからないような、つまらない女だった。
御堂は信じられないような顔で克哉を見ている。
「よくもまあ、そんな白々しい嘘をつくな」
何を誤解しているのか、からかわれたとでも思ったか、少し怒ってさえいるようだ。
「なんだ。よっぽどの男たらしにでも見えたか」
克哉はすねるふりをして言った。
「何もないってお前・・・、それであんなに・・・」
「あんなに?」
「あんなに人のことを翻弄できる訳がないだろう!」
顔を真っ赤にして言う。
その言葉と表情に、
御堂が何をいいたいかがようやくわかった。
「ああ・・・。そんなに俺は上手だった?そんなに気持ちよくてしょうがなかった?」
「ば、馬鹿・・・」
「あんなに気持ちよくて、身体がどうにかなってしまいそうだったから、
俺が他の男にも、過去にこうやって来たって思ったの?」
「ねえ御堂さん?もしかして居もしない男を思い浮かべて嫉妬してた?」
図星だったのか、御堂は恨めしい目でこちらを見つつも、何も言わず押し黙ってしまう。
その様子が可愛くていとおしくて、耳朶を噛んで頬にやさしくキスをした。

「安心しろよ。
俺にとって、あんたが初恋だからな」

そういうと、驚いた顔で否定の言葉を吐こうとする御堂の指を握り締めたまま、
その言葉をふさぐように、強く、強く口づけた・・・。











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