ホワイトデー









「佐伯、明日の夜はあけておいてくれないか」
今日は先に帰る、と言って身支度を整えた御堂が帰る寸前振り返りざまにそう言った。
「ああ。分かった」
カレンダーを見るまでもなく、明日がどういう日かは知っている。
「何」が貰えるかはともかくとして。
(まあ、何にせよ明日は思い切り乱れさせてやろう・・・)
そう、帰り行く後姿を見ながら考えた。



翌日、夜。
珍しく早々に仕事を切り上げた二人は近くにある、和食の店に来ていた。

「珍しいチョイスだな」
「・・・お前、魚が好きだろう。
ここは新鮮なお造りがうまいと聞いて、一度連れてきたかったんだ」
「個室だから気兼ねなく寛げる・・・いい店だ」
「気に入ってもらえて、良かった」
店の人間は、けしてでしゃばることはせず、
すっと入ってきては、一品、また一品と運ぶ。
それ以外は、二人きりだ。
「あんたがこんな店を知ってるとは思わなかったな」
「私も別にワインばかりを嗜む訳ではないし、
MGNのお偉方と飲む時はこういう店を用意したほうが喜ばれるからな。
それに、ここは、旨い日本酒を出す」
確かに、きりりと冷えた辛口の酒は魚に合い旨かった。
静かな和室で、向かい合わせで酒を交わしながら、
ぽつり、ぽつりと、落ち着いて会話を交わす。
御堂の目が優しく自分を見つめている。
旨い酒に、ついつい酒量が増え、少し赤らんだ頬をしている。
「酔ったのか」
頬に触れると、
「そうかもしれないな。少し、熱い」
触れられたまま、手を重ねてくる。
その手には、シルバーの指輪。
「お前は平気そうだな」
首をかしげて、こちらの様子を伺った。
「そうでも、ないさ」
心地よい酩酊にまどろんでいる。
静かで、穏やかな時間。
ずっと続けばいいと思った。
ずっと。



帰り道。
「ホワイトデーなんていっても、何を返していいのかさっぱりわからなかったから食事にした。
満足できたか?」
「ああ、たまにはああいう時間もいい。魚も旨かったしな」
二人並んで、タクシーが捕まりそうな大通りまで歩く。
「だいぶ暖かくなったな」
「ここ数日、な」
大通りに着いた。
タクシーを捕まえようと車の流れを見ていたら、御堂がこちらを見た。
「佐伯。渡しておくものがある」
そういうと、スーツのポケットに手を入れた。
何?とは聞かず、手の行方を目で追った。
取り出されたのは、小さなカード。
「私の家のカードキーだ。
渡していなかっただろう?
君も、私が恋しくなったらいつでもきていいんだぞ」
そう、以前自分が言った台詞を真似て言うと、不敵な笑みを浮かべる。
克哉は苦笑して、カードを手に取ると口付けた。
「食事だなんて言って、ホワイトデーのプレゼント、用意してるじゃないか」
「別にそういうつもりじゃ・・・」
さっと朱に染まる頬を横目で見て、
「今週末はお前の家で、決まりだな」
そういうと、道に向かい手を上げた。
すうーと、少し先で止まるタクシーへと向かいながら
「明日は一日中家から出してやらないから、覚悟しろ」
そういうと、タクシーへと先に乗り込んで、御堂の家のマンションの名を告げた。












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