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※ブログ掲載時と多少変更した箇所があります。



「社長。資料をお持ちしました。ご確認お願いします」
そういって、中途で採用した部下の野村がパワーポイントの配布資料を持ってきた。
「ああ。分かった。では、クライアントに説明するつもりで、俺に説明してみろ」
あさってに迫っている大口の取引のための資料について
説明する部下に、おかしいと思ったところを一つ一つ指摘していく。
「その表では、成果が分かりにくいな。
それは表で数値を見せるよりも、グラフ化して視覚に訴えたほうが、先方も理解しやすいだろう」
「ああなるほど。グラフですね・・・」
そういって資料に青字で気付きを書き記していく。
「さすがですね。社長。
俺が社長の年の頃なんて、まだ上司の言うことをあほみたいに口あけて
全部飲み込んでるばかりで、何も考えてませんでしたよ」
年上の部下は、本当に感心した様子で克哉の顔をしげしげと見ている。
御堂より2つ上で妻帯者。
社会人としては、中堅どころといった年だが、
年下の自分たち相手でも、特に気にした様子なくさばさばしているところが
気に入ってよく使っていた。

「あれ?そういえば今日は御堂専務は?」
「ああ、御堂は今日は契約を取りに対馬商事に行ってもらっている。
多分戻るのは夕方過ぎになるだろうな」
「え?もうあそことの契約決まったんですか。さすが御堂専務・・・」
「まあ、御堂ならやれる案件だろう」
「はー。信頼関係さすがですね。まだ会社興して一年経ってないってのに、
お互いの得意不得意、よく把握してますよね、お二人」
「まあ、ここを立ち上げる前に一度一緒にプロジェクトをやっているからな」
「プロトファイバー・・・ですか」
野村がつぶやいた。
「俺の居た社でも、あのプロジェクトの件は持ちきりでしたから。
過去ドリンク業界で例のない売上叩き出したでしょう?
すごいですよねーあこがれてたんですよ。
だから、この会社のこと聞いたとき、すぐ飛びついたんです」
「ふーん」
興味なさげに野村の話を受け流しながら、克哉は自分の仕事に取りかかりはじめた。

「そういや御堂専務といえば」
克哉の耳元に手をあてながら野村が声を潜めた。
「ん?」
「見ました?あの指輪。
バレンタインデーから、これ見よがしにつけだしたでしょう?」
「ああ、あれな」
にやにやしながら克哉が頷く。
指輪。
それは、克哉が贈ったもの。
あの翌日、本当につけていけというのかと抵抗したが、
「つけてくれないのか・・・」
と眉を顰めて言うと、口をぱくぱくあけたあと、しかめつらのまま指に嵌めなおした。
それから、ずっとつけている。

「あれ見て、うちの社の女共はみんな気落ちしてますよ。
まあ、あの美人に彼女がいない訳ないですからね。
一時の夢を見せてもらっただけでもありがたいと思えって言ってやりましたよ」
指輪の効果はてきめんだったようだ。
てきめん過ぎて、モチベーションを落としている女子社員がいるのだけは多少問題だが。

「それにしても左手の薬指でしょう?
この間御堂専務に、婚約指輪ですか?ってからかったんですけど、
そういう予定はまったくないってすげなく否定されちゃいました」
ぶっちょう面でそう言う御堂の顔が目に見えるようだ。
「それにしても、御堂専務ももう30代半ばなのに、結婚の予定がまったくないなんて変ですよね。
親御さんが、「孫の顔を見せろ」なんて
そうとううるさく言ってくるころあいですよ。30半ばって。
俺の独身の友達がよく愚痴ってますからね「相手がいないのに子供なんかできるか」ってね。
あんな指輪はめるような彼女がいるのに結婚考えないなんて、
御堂さんもちょっと甲斐性ないなあ」
軽口をたたく野村は、隣の克哉の表情が険しくなっていくことに気付いていない。
「そんなことを言ったら俺だって一度も結婚のことなんか考えたことないが」
「何いってるんすか。社長はまだ若いでしょう?
それくらいの年ならまだまだ遊びたい盛りでしょうから、そんなもんですよ。
30過ぎるとねー本当に周りがぎゃーぎゃー言ってくるんですよ。
うちの嫁も、あきらかに30過ぎた途端期待してきてねー大変でした。
あのルックスで、副社長なんて肩書き持っててて独身ってことは
そうとう遊んでるのかと思ったら、あの指輪でしょう?
ようやく年貢の納め時なのかと思ったんだけどなー」
思いがけない形で波及している指輪の影響力に、克哉は額をおさえた。

「・・・御堂の恋人のことはよく知らないが、おおかた若くて
まだ向こうも結婚は考えてないってことなんじゃないのか」
「ああそうかもしれませんね。
いいなあ、若い彼女。
あ、もしくは超仕事できるばりばりのキャリアウーマンだったりして。
それ、ありうるなあ。
御堂専務って、なんか甘えるだけの女とか好きじゃなさそうだし。
自分が認めた奴じゃないと気を許さないっていうか。
なるほどなー」
勝手に感心している野村に、
「お前、無駄口叩くのはいい加減にして、さっさと仕事に戻れ。
今日はその資料終わるまでは帰さないからそのつもりでいろ」
と激を飛ばして仕事に戻った。
「ええー。勘弁してくださいよー。
かわいいかわいい子供と触れ合える数少ない時間なんですからー
平凡な幸せかもしれないですけどねー、いいもんですよ家庭って」
ぶーぶーいいながら、野村は仕事に戻っていった。





その日の夜。
パスタを作る、といってキッチンに入った御堂を、克哉はソファからずっと見ていた。
「どうした。人のことをじろじろと見て」
渡り蟹のクリームパスタをテーブルに置きながら、怪訝そうな顔をして御堂が尋ねた。
「・・・・・・・」
答えないで、まだ御堂の顔をじろじろと見ている。
「なんだ。言いたいことがあるならはっきりと言え」
少し苛立った声で御堂がけしかけた。
「・・・あんたは結婚とか、興味ないのか」
ようやく口をあけた克哉の突拍子もない台詞に御堂は驚いた。
「結婚?お前とか。出来るわけないだろう」
完全に何かを勘違いした様子で言う御堂に、また苛めたい衝動に駆られたが我慢してまた尋ねた。
「違う。あんただって、いい年だろう。
結婚を考えたりはしないのか」
「・・・興味ないな」
お前がいるのに、何を今更、といった表情で睨み付けてくる。
「もともとそういう願望はない。
特別子供が好きな訳でもないし、
わざわざ自由に動けない環境に好んで入りたいとは思わない」
興味なさそうに言うと、またキッチンへと入っていき、
ワインとグラスを持って戻ってきた。
「それより、いいワインを手に入れた。
多分お前も気に入ると思う」
そういうと、すでに心はワインのほうに向いているのか
それ以上結婚については話を広げない。

「親や周りは結婚を勧めては来ないのか?」
それでも執拗に克哉は尋ねる。
どうしてもこの話題を終わらせるつもりはないらしい、と気付いた御堂はようやく克哉の顔を見た。
「・・・親とは、もうずっと会っていない。
もともと仲良くもなかったが、MGNをやめた時に縁を切られた。
相談もせずに会社をいきなり辞めたのがよっぽど気に食わなかったらしい。
おおかた、誰かに無断欠勤の話でも聞いていたのかもしれないな。
あきれ果てていたようだから、今後も干渉してきたりはしないだろう。
友人達は私の性格を知ってるからな、
私が家庭を作るなど、想像もつかないとよく言われるくらいだ。
だから、別に結婚や家庭など意識したことはない」

「お前・・・家族と縁を切っていたのか・・・」
過去については思い出したくもない自分はともかく、
御堂の口から家族の話題がろくに登ったこともないことに、今更になって気付いた。
MGNを辞めたあと・・・ということは、
縁を切られたことすらも、自分が原因の一端か。
「・・・本当にそれでお前はいいのか」
確かめるように聞いた。
「何度も言わせるな。
別に元々興味がないんだ。
いいも悪いもない。
・・・お前こそどうなんだ」
「そんなものに興味があるように見えるか」
「まったく見えないな」
「そのとおりだ」
「・・・酷い二人だな」
そういうと御堂が笑い出す。
そんな御堂の手を取ると、御堂の左手の薬指に光る指輪に口付けた。
「俺が欲しいのは、お前を永遠に繋ぎとめる鎖だけだ」





「そんなものは、
とっくの昔から持ってるくせに」





笑いもせずに御堂が言った。















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