バレンタインデー









2月14日。
「ただいま」
珍しく、克哉より御堂のほうが帰宅が遅かった。
克哉はすでにシャワーを浴びたのか、濡れ髪にバスローブといういでたちでソファーに座っていた。
「・・・おかえり」
首を仰のかせて、御堂を見た。
マフラーとコートを脱ぎながら、御堂が部屋に入ってくる。
その手には、大きな紙袋が二つ。
「遅くなったが、とりあえずアポのはいっていた取引先はすべて回ってきた。
契約もかなり取れたし、手ごたえはあったぞ」
いつも通りに仕事の報告をする御堂に対して、克哉の表情は一言で言うと、苦い。
「・・・その紙袋は」
「あ?ああ、たまたまバレンタインだったからな。取引先の女性達から貰った。
ただ、私はあまり甘いものは食わないしな。
社内の女子に貰った分だけさっぴいて、明日会社に持っていって皆に食べてもらうか。
どうせ中元みたいなものだからな」
ネクタイを取りながら、御堂が横に座る。
紙袋は、ソファの横に無造作に置いた。
「お前もかなり貰ったんじゃないのか」
「・・・まあな」
そういうと、キッチンのほうを指差した。
そこには紙袋が一つ。チョコレートのラッピングが上からのぞいている。
「女性はこういうイベントが好きだからな。
この間もデパートで試食に群がっているのをみかけた。
あの半分くらいは自分が食べるために買ってるんじゃないかと思うほどだ」
そういうと、御堂はソファに身体を深く深く預けてため息をついた。
「それにしても今日はアポが多かった。重なる日は重なるもんだな・・・」
疲れた、というようにため息をついた。
克哉は何も言わずあきれたような顔をして、御堂を見ている。
「・・・?どうした」
そんな克哉にようやく気づき、御堂が声をかけた。
克哉は何も言わず紙袋を手に取ると、有無を言わさず机の上にぶちまけた。
「・・・なっ」
そして、物色するようにチョコレートをにらみつけている。
「バレンタインにやたらと入るアポイントメント。紙袋二つ分のチョコレート。
どうせおおかたアポをかけてきたのは女性ばかりだろう。
何が中元みたいなもの、だ。
社交辞令のかけらもない、本命用チョコレートばかりじゃないか。
仕事を出汁にしてお前を誘いだしたに決まっている」
責めるような口ぶりで言われて、御堂の顔も歪んだ。
「今日は何人の女に言い寄られた。
本気の告白だって、このチョコの量じゃあ何軒か入ってたんじゃないか。
ぐらりとくる女でもいたか」
「まあ、そりゃあバレンタインの風物詩だからな。
そういった女性も何人かいたはいたが、すべて断っている。何もやましいことなどない」
その言葉に盛大に克哉はため息をついて、キッチンへと向かった。
そうして手にとって戻ってきたのはソファから見えていたのとは別の紙袋。
「今日は朝からやけに女性の訪問客も多くてな。お前に渡せと託された。
前職の頃の知り合いを名乗る女がやたら多かったぞ。
お前、MGNの頃どれだけ手を広げてたんだ」
そういうと、ソファの端に手をかけて、御堂を見下ろす。
御堂は睨み付ける。
「やましいことなど何もないといっている。お前より社会に出てから長い分付き合いも多いだけだ。
私だって社内の女子にお前に惚れてる子がいることくらい知っている。
お前のほうこそ、言い寄られたんじゃないのか」
「ああ、知っていたか」
言い返されて、克哉はあっさりと認めた。
「泣きながら訴えてきたがな。そういうつもりはないと断った」
悪びれもせず言う。
「・・・お前だって人のことは言えないじゃないか」
今度は御堂がため息をつく番だ。

「一緒だと思うか?」
突然、克哉がそう問いかけてきた。
相変わらず、人を見下ろしたままで。
「一緒だろう。私もお前も告白はされたが断っている」
「俺はそうは思わない」
そういうと、克哉は今度は寝室へのほうへと歩いていった。
「俺はどんなに相手の傷が深くなろうと、後腐れないようにきっぱりと断ってやっている。
夢なんか残されてもうっとおしいだけだからな。
でも、お前は大方やんわりと相手を傷つけないように、とか考えて
あいまいな返事でも返しているんだろう。
だからこそ、MGN時代の女まで未だに追いかけてくるんだ」
そう言いながら寝室へ行き、そして何かを持って戻ってきたようだった。
しかし、手には何も見えない。
「?」
惚けたように、克哉を見上げる。
克哉は、怒ったような顔のまま、御堂を見下ろしている。

「手を出せ」
ぶっきらぼうにそういった。
言われるがままに右手を出そうとする御堂に
「そうじゃない。左だ」
そういって、克哉が御堂の左手をひっぱる。
「何をする?」
疑問をなげかける御堂を無視して、左手の薬指に、ぐっと乱暴にシンプルなプラチナの指輪をはめこんだ。
「あ・・・」
なんの造形もない、シンプルなプラチナが、指元で光る。
「お前に隙があるからそうやって言い寄られるんだ。
これでもつけてれば、女どもも諦めるだろう。
ちょうどバレンタインだからな、明日から指輪を付けていても、
皆本命の彼女にでも貰ったんだろうと思って、そんなに訝しがりはしないさ」
怒ったような顔のまま、言い訳のように克哉が言う。
あっけに取られた表情のまま、
「・・・私にだけ鎖をつける気か。ずるいじゃないか」
口では憎らしげに言いながらも、感情は喜びを隠せない。
「会社の社長と副社長が同じ指輪をしていたらおかしいだろうが」
そう言いながら、克哉がバスローブの胸元を広げた。
そこには、シルバーのネックレス。
その先には、同じプラチナの指輪がぶらさがっていた。
「俺に言い寄ってくる女くらい、完膚なきままに打ちのめしてやるさ。
だから、指には、お前だけが付けていればいい」
そういうと、克哉はソファの横にどさりと腰をおろした。
御堂は、指をじっと見つめている。
「・・・明日から言い訳が大変だな」
苦笑するようにそういうと、右手でそっと左手を包み込んだ。
「お前は俺のものだ。
他の何にも惑わされる必要はない。
愛おしい愛おしい恋人に貰ったとでも言っておけ。
周りの女があっけに取られるくらいに、な」
「・・・くっくっくっ」
御堂が左手を口元に当てて、笑い出す。
「何が可笑しい」
「こんなに素直さのないバレンタインプレゼントなんてはじめて貰った」
そういうと、まだ止まらないのかくったくなく笑い続ける。
押さえきれない喜びを、笑いで隠すように。
克哉の苦虫を噛み潰したような顔は、やれやれ、というように苦笑いに変わった。
「御堂。あんたは何をくれるんだ?」
笑い声を止められない御堂に覆いかぶさるようにして、克哉が問いかける。
「私?悪いが何も用意などしてない。
バレンタインなど、女性の祭りだとしか考えていなかったからな・・・」
そういいながら、目を逸らす様にして御堂は克哉の首にぶらさがる指輪を弄んだ。
「俺が求めているものなんて、たった一つだ。分かるだろう?」
指輪を弄ぶ指を、克哉が捕まえた、というように握り締める。

「お前を、もっと俺に寄越せ」

そういうと、深く、深く唇を重ねた。











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