午後11時。社に残っているものはもう誰もいない。
会社の入っているビルのエレベーターの中。
居住階へと降りようと、克哉と御堂は二人で乗り込んだ。
「明日は休みだが、どこかへ行くか?」
御堂がそう問いかけた。
「明日・・・そうだな。どこか出かけてもいいが・・・。
それよりも俺は今すぐ、あんたが欲しい」
そういうと、唇を柔らかく押し付けてくる。
「ん・・・あっ・・・」
這わせた舌で口内をぐるりと嘗め回す。
御堂は、それだけで顔を真っ赤にするが、時間が遅くエレベーターの中という
密室だからか、強い抵抗はしなかった。

そうして、腰に手をやりぐっと自分のほうへと引き寄せ、耳元で囁いた。
「部屋までなんて・・・待てそうにないな」
「馬鹿・・・。もうすぐじゃないか」
エレベーターのランプは、あと少しで居住階だと告げている。
手が、御堂のソコをまさぐりはじめた。
「な、何してるんだ」
「ここで前戯だけでも終えておけば、部屋に帰ってからすぐ抱けるだろう」
「なっ・・・やめろ・・・誰かに見られたら・・・」
「見られたって、構わない」
「君が構わなくても私がかま・・・う・・・」
後半声が掠れたのは、触れる手にどうしようもなく息が漏れるから。
気持ちよさに溺れ始めてしまえば、恋人はあとは従順だと分かっていてしかける。
「あ・・・佐伯・・・」
「御堂・・・」
もう一度、深く口付けをしていたら、エレベーターの戸が開いた。
目的階についたのかと思ったがランプは二つ上の階を示している。
乗り込もうとしていたらしい男と目があった。
向こうも、こんな時間に人がいるとは思わなかったのか、一瞬顔が少しこわばっていた。
・・・見られた・・・か?
さりげなく離れて無言のまま二つ下の階で降りた。
克哉が目の端に男の姿を追ったが、何も気づいていないように、見えた。

「見られただろうか?」
部屋に入るとすぐ、顔を真っ赤にして御堂が差し迫った声でそういった。
「さあな」
興味なさげに克哉が言う。
「君があんなところであんなことをするから・・・」
怒った目で訴えるが、
「気持ちよかっただろう?」
いけしゃあしゃあとそういってのける。
ため息をつく御堂のうなじに首をうずめると、
「なあ、そんなことよりも、はやくあんたを抱かせろ・・・」
そういって、御堂の手をひいて、部屋のソファへともつれこんだ。







それから二週間ほどがたって。
夜遅く、外回りから帰った御堂は一人、オフィスタワーの外を歩いていた。
(それにしてもあいつは)
もともとの出会いが陵辱に強請に監禁なのだから、
ある程度覚悟はしていたとはいえ、
その気になると場所がどこだろうが見境がない。
むしろ、そういう異常な環境にスリルと興奮を感じているらしく、
どこにいっても安心できない。
オフィスをはじめとして、
レストランのトイレ、
深夜の公園、
車の中、など、どこでもけしかけられるのだからたまったものではない。
・・・そんなことをいって、
ろくに拒めない自分も悪いと、分かってはいるが。
そんな身体にしたのも、お前じゃないか。
そう一人ごちて、勝手な恋人の顔を頭に浮かべ、睨み付けた。



がさ・・・。
足音が突然聞こえた。
あまりに突然だったから、誰かと思って振り返った。
そこには見知らぬ男が立っている。
「・・・御堂、孝典さん」
名前を呼ばれ、ぎくりとした。
「どちら様でしょうか?」
会社の取引先か何かかと思い、目をこらして顔を見るが思い出せない。
覚えていない、わけではない。
どこかでみた、そんな気もした。

相手は、問いには答えない。
「話したいことが、あるんです」
そういって、近づいてくる。
仕事の話、にしては妙にあせっているようだ。
額に汗がにじんでいるようにも見える。
中肉中背のさしてぱっとしない普通の男だが、
やたらと鼻息があらく、生理的に嫌悪感を持った。
「なんですか?」
気持ちを抑えるようにして、そう尋ねた。
「あなたに、見て欲しいものがある」
男は全身を嘗め回すように見ながら、そう言ってきた。
「?」
嫌悪感に、断って帰ってしまおうかとも思ったが、
仕事の話かもしれない、という線も消えたわけではないので
仕方なく話を聞くことにした。



ごそごそと鞄から何かを取り出そうとする。
・・・見せたいもの。
なんなのか、皆目検討もつかない。
腕組みをしたまま、男の行動を見守った。
取り出したのは、小さなデジタルビデオカメラのようだ。

疑問に思っていると、男が何か操作をしたらしく、ウイーンと小さく機械音がなり、画面に何かが映し出された。
男が、にやにやと笑いながら、そこにある映像を見せつけてくる。
どうやら室内。
どこか高い場所から、下を見下ろすように撮られたものらしい。
カメラは固定されているのか、位置が動くことはない。
まんなかに、何かうごめくものが見える。
・・・まさか。
きい、きいと椅子がきしむ音がかすかに聞こえる。
それと交わるようにして聞こえる息遣い。
身体を揺する、交わり。
・・・まさか。
遠くからのアングルで、暗がりの中小さい画面ではその表情まではよく見えないが
後ろから覆いかぶさる男の服には見覚えがある。
突かれてよがっている男の服も。
・・・まさかこれは。
「あんた達、できているんだろう?」
男が、下卑た笑いを浮かべながらそう話しかけてきた。
「前に一度、キスをしているところも見たことがある。
二人で会社なんかおこして、公私ともにパートナーってか。
うらやましいこったな」
先ほどまで使っていた敬語もそこにはなく、馴れ馴れしい口調で話しかけてきた。
「まさか・・・盗撮したのか?」
信じられないものをみるような目で睨み付けた。
「まさか、会社のオフィスでまでコトに及んでらっしゃるとはなあ。
びっくりしたよ。
こんなに善がり狂って。完全合意の上のようだしなあ。
まさか御堂さん、あんたがこんなに好きものだとは思っても見なかった」
嘲るようにそういう。
先ほどからの嫌悪感はさらに高まり、寒気がした。
「何がいいたい」
「前から、あんたのことが好きだった。
めちゃくちゃに犯してやりたくてたまらなかった。
これを、周りにばらされたくなかったら
俺にも同じことをさせてくれよ」

・・・・・・

やはりか。
と御堂はがっくりと肩を落とした。
(まさか人生で二度も同じ目にあうとは思っていなかったな・・・)
妙に客観的に冷めた頭でそう思う。
ちっ、そう舌打ちをした。



「お前は馬鹿か。
確かに恋人との情事を第三者に見られたいと願うほど変態ではないし
できれば避けたいのは事実だが
だからと言ってお前と寝ないといけない道理はない。
気持ち悪い目で人を見るのはやめてもらおうか、汚らわしい」
動揺など欠片も見せず、冷たい目で言い放つ。
予想外の答えに男は動揺した表情を見せた。
「これは立派な恐喝罪だぞ。
カメラを寄越せ。今なら訴えずに許してやる」
そう言って近づくと、男が後さずった。
逃げようとして後ろを向いて、長身の男にぶつかる。
「わあっ」
逃げようとする男を造作なく捕まえて、後ろ手をきりきりと締め上げた。
「・・・佐伯」
気づけば克哉が般若のような形相で男の手を締め上げている。
「ひいっ」
腕が折れるんじゃないかというほどの勢いに、
男は悲鳴をあげた。

「どうも帰りが遅いと思ったら、こんな下種に捕まっていたとはな。
おい下種、
人のオフィスを盗撮するなんて
馬鹿な真似をしてくれるじゃないか。
どこかで見たことあると思ったら、お前このビルの警備員だな。
この間は私服だったから分からなかったが。
こんなことをして、ただですむと思うなよ」
そういうと、さらにぐっと締め上げる手を強めた。
ぐき。
嫌な音がする。
ぎゃーーーーーーーーーーーー。
痛みに錯乱した男が叫ぶ。
「煩いな」
そういうと、もう片方の手を喉元に回し、
耳元に顔を近づけて
「次に何かやってみろ。
お前の仕事も、家族も、すべて滅茶苦茶にして、
お前を社会的に抹殺してやる」
そういうと、にやりと笑い、その恐ろしく凄みのある笑みのまま喉元をぎりぎりと締め出した。
「佐伯、やり過ぎだ」
そう御堂が止めるまで、克哉はその手を緩めなかった。
げほげほげほ。
ようやく気道を確保できて、苦しげに息をしている男は、恐怖にパニックになっているのか
目を見開いたまま、肩を震わせていた。
「なあ御堂。
かばんの中に名刺くらい入ってるんじゃないか」
そう言われてはっとして、かばんの中を探した。
しばらくして出てくる名刺。
確かに、ここのビルの警備を任されている会社名だ。

「盗撮に強請。とりあえず、こんな大それた犯罪を犯したんだ。
今すぐ警察に言ってやってもいいが、正直俺たちも忙しいんだ。
三日以内に会社を辞めて俺たちの前から姿を消せ。
三日後にお前の会社に探りを入れて、その時まだ会社にずうずうしく
残っているようなら、
・・・わかっているよなあ」
わざとらしく、舐めるような口調で克哉がそういうと、
男は涙目で頭を何度も縦にふった。

御堂がビデオカメラと名刺を取り上げたのを確認している間に、
克哉がナイフなどを所持してないか全身を確かめて、
それからようやく男を解放した。
男は引きつった顔をして、全力で逃げていった。



ふぅ
家に着いた瞬間、
ため息がもれる。
「君がきてくれて、助かった」
そういって、身を預けた。
「まさか二度も男から恐喝されるとは思ってもみなかった・・・」
「あんたは無自覚だが、
それだけあんたは美人で、誰がみてもそそるんだよ」
「そんな訳あるか・・・だいたい君がああやって外でコトに及ぼうとするから」
「あんただって、興奮してるくせに」
いつもの堂々巡りになりかけて、御堂はまたため息をついた。
「それにしても御堂さん、よくもまあ毅然と断れたな。
少しは成長したってことか」
「うん?
当たり前だ。
あんな映りの悪いビデオでは私と君だと特定するのは難しいし、
あの時は、地位と名誉が何よりも守りたかったからお前に屈したが
今はそんなものを守るためにあんな男に抱かれる道理はない。
あんな小物くらい、握りつぶすのは簡単だと判断したから強気に出た。
ああそれにしても気持ち悪い。
思い出させるな」
また鳥肌がたった身体を温めようとさする。
「ねえ御堂さん。ならあなたの今一番守りたいものって何?」
克哉がニヤニヤ笑いをしながら、自分に覆いかぶさってきた。
「・・・分かっているくせに」
あえて答えは口にしない。
ニヤニヤ笑いの向こうで、相手が気づいていることくらい十分分かるから。

「それにしてもあの男、どこかで見たことがあると思ったら警備員か。
それじゃあ確かにカメラを仕掛けるのも簡単だな。
安全を守るはずの警備員がそんなことをするんじゃ何も信じられない。
警備会社を変えるよう管理会社に提起するか」
教訓をすぐに仕事に生かそうとする御堂に、克哉は苦笑いをした。
「あの男。こないだエレベーターでキスしているのを見られた男だ。
あのあと気になって探りを入れていたんだ。
カメラをしかけたことも分かっていた。
あえて泳がせて出方をみたんだが、今日になって設置されていたカメラが
なくなっていたから行動に出たかと思って追っかけてみれば案の定あれだ。
御堂さん、
あんたのエロい顔によっぽどほだされたんだろうよ」
「君は、カメラがあることを分かっていてあんなことをしたのか!」
怒りで、覆いかぶさってくる男を跳ね除けた。
「相変わらず信じられないことをするな」
「だからあんまりモロに顔が映らないようにと計算してやったんだ。
あんたに危害が及ばないようにな。
どうだ。せっかくカメラも回収したことだし、
また御堂さんの艶姿でも堪能するか」
そういうとカメラに手を伸ばそうとする。
「見るな」
思わず高くなる声で叫んだ。

「せっかくお前を守ってやったのにつれないからな。
それくらいのご褒美くらい貰ってもいいと思うが」
「・・・」

「感謝、している」



そういうとしかめ面のまま、御堂から、キスをした。














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