懺悔
会いたいと、思っては駄目なのだと思う。
彼を壊したのは自分だから。
嫌がる彼を、無理やり組み敷いて
真剣なまなざしも、叫ぶ声も、すべて薄笑い一つで踏みにじって、
監禁して、詰って、
そうして彼を壊してしまったのは、自分だから。
だから
会いたい。
声が聴きたい。
触れたい。
きっと思うのは、とてもおこがましいことだ。
□
終わりにする、と壊れてしまった彼に聞こえる訳もないのに呟いてから一ヶ月もたたない頃。
MGNへの引き抜きがまとまり、MGNで働きはじめてようやく仕事になれた頃。
元御堂の部下だった男が、
「そういえば佐伯さんも御堂部長と一緒に働いたんですよね」
と、自分に話しかけてきた。
「・・・ああ」
目線もあわせず書類をまとめながら答えた。
漂わせた少しの沈黙にも動じることなく、男は言葉を続ける。
「御堂さん、結局退職することになったんです。
この間辞表を持って、専務のところに来ていたそうです。
プロトファイバーに携わるようになってから、どうもミスが多かったし、
相当疲れてるように見えたと思ったら、あの無断欠勤でしょう?
皆は怒っていたけれど、僕は心配してたんです。
あの御堂さんがああなってしまうなんて、あり得ないですから。
やっぱり病気か何かしてるのかなあ?
ねえ、佐伯さんは一緒に働いていてどう思いました?」
何も知らない男は、無邪気とも言える無神経さで克哉にそう聞いてきた。
「どうって何が?」
また、顔を合わせもせずにつっけんどんに聞いた。
「御堂さんの仕事ぶりですよ。やはりおかしいところとかありました?」
「そうはいっても、俺は過去の御堂部長のことは知らないからな。
比較のしようがない。確かに疲れはたまっているように見えたが、まあ、有能なんじゃないか?」
そう、過去のことなど何も知らない。
今のことだって何も知っている訳ではない。
御堂とのつながりは、仕事と、そして身体と、憎しみをこめたあの瞳の交わり。
それだけしかなかったのだから。
(あんなに身体を重ねたのにな・・・)
しかし、あれは『重ねた』なんてもんじゃない。
無理やり、一方的に、奪った。
(ただの、暴力)
嫌がる身体を組み敷いて、わざと羞恥を煽って、
「あんなに有能だった」男を仕事も満足にできないほど追い詰めて、あげくの果てには監禁して、
そうやって、壊した。
「そりゃあ、有能ですよ。確かに厳しいところもありましたけど、
それはただ他人に厳しいってだけじゃなくて
自分にも人一倍厳しい人でしたし。
間違いはきちんと認められる懐の深さもあったし、
もー理想の上司っすよ。めちゃあこがれてたんですから。
それがなんでああいうことになっちゃったのかなー」
(そうやって、壊した。
この俺が)
きりきりと、胸が軋む。
責められた、訳でもないのに。
「それでね。
今度御堂さんが引継ぎのために社に来るらしいんです。
それで、23日に皆で送別会をしようって話してるんですよ。
まあ、あの人のことだからもしかしたら
『そんなことしてる暇があったら仕事をしろ』とか言って乗ってくんないかもしれないですけどねー」
「そうか。来るのか」
つぶやくように言った。
「それでね。佐伯さんもきませんか?送別会。
御堂部長とけっこう仲良かったみたいですし」
いいこと思いついた、みたいな顔で男が言う。
思わずぽかんとした表情で顔を見上げていた。
「俺が?」
「ええ。なんか御堂さんの右腕っていうか。すごいツーカーな感じありましたよ。
御堂部長も佐伯さんの仕事ぶり、買ってたみたいですし。
まーあれは買ってたってうか、有能な人材が出てきてちょっと悔しいっていうのもあったのかもしれないですけど。
あいつに任せておけばうまくいく、って言ってるの聞いたことありますから。
仲、よかったんじゃないですか?」
(あいつに任せておけばうまくいく)
そんなことを言っていたのか。
自分の知らない御堂の姿に、胸がざわつく。
でもきっと、その言葉は信頼ではなく、吐き捨てるように言ったのだろう、ともわかる。
「仲良くなんか、ないさ」
思わず自嘲じみた笑みが浮かぶ。
「単なる仕事上の付き合いでしかない。
それ以上でも、以下でもない。
俺みたいな部外者が来たんじゃ御堂部長も気を使うだろうから、お前達で行ってくるといい」
そうですかー?残念だなー。
そういうと、もう話は終わったのかそれともようやく克哉の苛立ちに気づいたか男は去っていった。
御堂が、来る。
ここに来られるほどになったということは
少しは元気になったのだろうか?
傷は、癒えただろうか?
会いたい。
心が、どうしようもなく叫ぶ。
あって確かめたい。
元気にしているのか?
少しは、元気になったのか?
あの、空ろな瞳にまた光が灯ったのか。
自分が欲しいと思った、あの理知的で強くてどんなことがあっても屈しないあの強い瞳が戻ったのか。
知りたい。
確かめたい。
声が、聞きたい。
視線を絡ませ、触れて、そこに御堂がいることを確かめたい。
けれど、きっとそれは罪なのだろう。
ようやく傷を癒しつつあるらしい御堂を、
また引き摺り下ろす羽目になるだけだ。
会いたいと思いながら会えないのは自分に課せられた罰。
好きだと気づけないままに、壊してしまった罪には、
せめてそれくらいの罰は必要だ。
どうか、自分のことなど忘れて、強い御堂に戻って欲しい、素直に願える気持ちと、
忘れて欲しくない、自分を求めて欲しい、憎しみであってもいいから、強く、強い瞳で自分を見てほしいという暗い欲望が交錯する。
あんなにしてまで、あんなに後悔してまで、こんな罰を受けてまでそれでも御堂を欲しいと思う自分は、浅ましい。
欲望は、後ろ暗く自分を責める。
(愛してるんだ)
あの恐怖に満ちた目で、おびえた目で、
自分を拒絶する御堂が見える気がして、
克哉はらしくもない、ため息をついた。
もう、二度と会わない。
それが御堂に対すポジションに居続けて、どうしようもなく浮かぶ面影に攻められつつけることが自分の受ける罰。
「あ、佐伯さん!この間御堂さんに会ってきましたよ」
だからせめて、
あなたが元気だという便りを聞くくらいは、
許してくれ。
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