催涙雨


日は赤く空を血色に染めた後地の果てへと沈んでいった。暗闇覆う空には幾許かの星がきらめくけれど、都会の喧騒の中で見られるのは自己主張の強いいくらかの一等星くらいのもので、空を流れる川までは目を凝らしても見えそうもない。しかも東の空の半分はすでに雲に覆われて、そんな星たちを覆い隠してしまっていた。
それは夜。
克哉は、あいもかわらず動こうとしない御堂を抱きかかえると、ベランダへと出た。御堂の両の手は、手錠にまとめあげられて、手の後ろへと回されている。手錠の先には、鎖が延びていて、その先もまた手錠が付いている。ベランダの手すりへと夏のはじまりの風は蒸し暑く、互いの肌をべとつかせる。御堂はそれでも暑いだとか気持ち悪いだとか、そう言う言葉を発することはなく、ただ自分の腕の中で目を開けたり閉じたりするのみだ。
「御堂さん。今日は七夕なんですよ」
心を閉ざした御堂へと克哉は一人話しかける。ああ、と返事が返る訳はない。御堂は空も、外も見上げたりはしない。今が何月何日かなんてことはとうの昔に興味を失ってしまっている。
「だからたまには、ベランダもいいでしょう?」
広いベランダには、木で出来たビーチチェアーが一脚置いてある。そこに御堂を横たえると、克哉はその上にゆっくりと覆いかぶさった。
「今日は七夕なんですよ。恋人が年に一度、巡り合う日」
唇に、唇を重ねる。そうして、口腔を思うがままに蹂躙する。御堂はされるがままに、顔を前に向けたままされるがままになっている。瞳は力なく開いてはいるが、その焦点はうつろなままだ。ずっと口を重ねたままでいると、息苦しくなったのか喉の奥からうめきが漏れた。その声を聞いて克哉はようやく満足そうに唇を離す。
「御堂さんの目に、俺が映ってる」
焦点はあっておらずとも、瞳のカーブにあわせて御堂と対峙する克哉がそこには映りこむ。それをしばし克哉は見て、身体の角度を変えては楽しんだ。
「俺を見てくれているんですね」
そう言って、眼球に舌を這わせると生理的に御堂の目がぱち、と閉じてまた開いた。それが面白くて、何度も舌を這わせる。そのたびに嫌がるように反射的に目がつぶられて、それからまた開く。
「御堂さん。あなたが俺のものになってくれて、もう半年以上経ちますね」
そう言いながら、克哉は御堂に着せていたバスローブの合わせ目を開いた。バスローブの下には何も着ていない御堂の体が、闇夜に露になる。日に当たらない身体は真っ白に、ただ幾重にも幾重にも重ねられたキスマークと鞭のあとと縛られもがいた時に出来た皮膚の沈殿だけが赤くコントラストを作り出している。
克哉は唇から唾液を御堂の肌へと落とした。生暖かい唾液が、つうと御堂の右の乳首へと落ちる。それを、右手でかるくこねると乳首の先がぷっくりと赤く立ち上がった。御堂は表情を変えない。だが、少しずつ息が荒くなるのが、克哉には分かる。それを見て、薄く笑みを浮かべながら克哉はその手の動きを少しずつ大きく、身体全体へと広げていった。
その手が股間に伸びる頃には、御堂の息は荒く、額にはうっすらと汗が浮かぶ。表情を変えることはなくても、血行が、手に張り付く肌が、御堂に起こる変化を如実に克哉へと伝えている。
「今日は七夕です。
ねえ、御堂さん。
俺にその身のすべてを預けて従順な貴方も愛おしいけれど、
年に一度くらいは、その目を覚ましてみませんか?」
そう言いながら、股間に起ちあがりはじめたモノを、掴む。やわくその手を動かしながら、御堂の首筋を舐めあげて、そうしてそのまま耳元で囁く。
「あなたに会いたい・・・」
そう言って、耳に舌を這わせれば、寒気だったのか御堂の顔が強張った。その表情に克哉はぞくりと身を震わせると、ろくに解しもしないままに、御堂の両足を持ち上げると、腰をかかえて御堂の後孔へと己をつき立てた。
ゆっくりとめり込む身体は、拒絶をしない。素直に受け入れる身体へと、何度も何度もつき立てる。ポイントをついてやれば、御堂の前がどくどくと音を立てるほどに血を集め堅くなるのを左手が感じ取る。いくら虚ろに心をやってしまっても、身体はまだ生きることを辞めては居ない。その鼓動が強く脈打つのを感じて克哉は酷く興奮した。
「なあ。聞こえているか御堂。毎日俺に犯されて、すっかり体がなじんでいるだろう?あんたのいいところなら全部知ってる。いくら表情を隠したって、俺はあんたを愛しているからちゃんとすべてを分かっているよ。あんたは本当は嬉しくて嬉しくてたまらないんだろう?俺にすべてを捧げる喜びでいっぱいなんだろう?俺の元へ堕ちる歓びをようやく分かって、幸せでたまらないだろう?大丈夫、ちゃんと分かっている。俺は全部分かってる。愛してますよ御堂さん。そして、あんたが俺をどれだけ愛しているかも、ちゃんと分かっている」
そう言いながら、正常位で無理やりに交わる。そうするように出来ていない身体は不自然に折り曲げられて、折り返されている。背の後ろにまわった手は自重に押しつぶされて、赤く染まっている。足の間の御堂の表情が、高ぶるにつれてぴくり、ぴくりと動きはじめる。前は、もう手を動かさずともひとりでに血を集めている。ただ、そこに手を添えるだけで御堂の快感が如実に伝わる。
「ほら。声を聞かせろよ。黙ってないで、愛してるってちゃんと言えよ。分かってるんだよ。御堂。御堂。御堂」
腰をふりながら、その動きに合わせて何度も何度も名を呼ぶ。ぴくり、ぴくりと眉が動いた。息は荒く、ぱくぱくと口を動かしては酸素を追い求めている。克哉のぶつける腰の鞭打つような音が何度も響き、耳に煩い。克哉の息も荒く、心臓の鼓動が煩い。性急になる動きの最中、克哉の唇は御堂の名を呼び続ける。
「御堂。御堂。みどう・・・」
最後の深い一突きに、互いの体が震え、白濁が二人の身を汚した。御堂の肌に散ったものが、どろりと重力に、下へと墜ちて行く。額の汗もまた、流れおちて木を濡らした。
目が、瞬いたような気がした。
収まらぬ興奮のまま、克哉は荒れる息で下に押し込めた御堂の表情を見た。
瞬きをした瞳が、また開く。
その瞳に、光が浮かぶのを見て、克哉は息を呑んだ。
光はすぐに怯えにかわり、
「あ・・・ああああああ」
喉奥から漏れるのは小さな小さな悲鳴。
「御堂さん・・・」
唇が、酸素を求めて、大きく開けられる。過呼吸に陥ったかのように、やけに小刻みに息を吸った。痙攣するように何度も吸って、それからまた喉奥を震わすような悲鳴。克哉の目が大きく見開かれる。
「御堂さん」
瞳がこちらを見た。見開いた目は、瞬きすらしない。硬直した瞳は克哉を映しているのではなく、『視て』いる。怯えはやがて瞳だけではなく、顔全体を覆い、そうして身体全体へと浸透していった。
「うああああああああ」
悲鳴が、どんどんとボリュームを上げていくのに気付き、克哉は御堂の唇を左手で覆った。そうして強く強く押さえつける。
「んんんんんんん・・・・ううううううううう」
それでも手のひらの下でうめき声を上げる。どんどんと、力を込めていけば、御堂の頭がビーチチェアへと押し付けられた。克哉はしばらく、手のひらの下で震える御堂の悲鳴を、耳と手のひらで思う存分に楽しんだ。
「目、覚めたんですね」
力任せに押さえつけながら、上から声をかける。壊れそうな瞳は濡れ始め、水にきらりきらりと光る。瞳の中の自分までが揺れるのを克哉はじっと見ていた。
「久しぶりですね」
克哉が御堂へと笑顔を見せた。
御堂が、克哉から逃げようと身体を捩り始める。もっと、体重を御堂へと乗せながら、克哉が御堂へと話しかける。 「七夕の下。ひさしぶりの逢瀬ですね」
御堂は、暑さのためではない汗を額に浮かべながら、逃れようとしきりにもがく。それでも、半年以上活動していなかった肉体はさほどの力を生むことは出来ず、克哉はぴくりとも動かない。
「やはり。動くあんたが一番いいな」
その顔に浮かぶもの。
恐怖。怯え。嫌悪。憎悪。
それらが、克哉の心を震わせた。
「俺のために、会いに来てくれたんですね」
本当に嬉しそうに、克哉が微笑んだ。ギリシャ像のように、その笑みは完璧で、非の打ち所もないほどに、克哉の歓びを伝えた。その表情に御堂が怯えに身を震わせる。
「ああそうだ。いつあなたに施してあげようかずっと迷っていたんですけれど、今日がいいですね」
そう言うと、克哉は御堂の口から手を離した。
息を求めて口があけられる。そこに、克哉は左手ではずしたネクタイをぐっと結わえて頭の後ろで結んだ。御堂の後ろ手をまとめる手錠の先をベランダへとはめると、克哉は圧し掛かっていた身体を離した。
御堂の身体は幾分かは自由になるが、後ろ手に纏められた手ではネクタイを取ることはできず、ベランダにかけられた手錠は御堂の行動をベランダの中へと制限する。
克哉は身体を起こす御堂を見ながら、部屋へと入った。御堂が動こうとするが、克哉はベランダの鍵を閉める。ウッドチェアから身を起こした御堂が、何かを呻いているが、その声は中までは届かない。必死な形相で身を起こし声にならない声で叫ぶ御堂を横目に見ながら、克哉はベランダへと足を運んだ。

しばらくして克哉の手に握られたものを見て、御堂の目が更に見開かれる。それは真っ赤に焼けた鉄。それを見た途端、御堂が、克哉が入ってこないようにとその身体でベランダの戸を必死に押さえた。
いやいやをするように顔をふる。闇夜と、眩い人工の明かりと、御堂の白い肌と、そこに散る赤色。その悲痛な顔をずっと鑑賞していたい衝動にかられたが、克哉はベランダの鍵をあけ、そうして、力任せに窓を開けた。空調の聞いた部屋から外へ出ると、夏の暑さがむっと身体を覆った。手に持った鉄の熱が伝わり克哉の頬を汗が伝う。
そうして、左手に焼印を持ったままに御堂へと近づく。
「あんたが、俺のものだっていう証をつけてあげますよ」
御堂が、ベランダへと身体をひいた。後ろ手にベランダの戸の鍵を閉める。逃げられないようにしてから、焼印を床に一度置くと、御堂を両手のうちに捕まえた。
「うう、うううううう」
必死にもがくが、手錠をかけられた手が外れる訳もなく、なんなく克哉の手のうちに絡め取られる。
「これ、わざわざ作らせたんです。家畜に使うんだと言えば、案外発注は簡単でしたよ。時間は掛かりましたがその分いいものが出来ました。いいデザインでしょう?きっとあなたの白い足に映える。ねえ、御堂さん。あなたはどこにつけるのがいいと思いますか?」
そう言って笑みを浮かべる。
そうして、胸のうちで御堂の身体をなぞりあげる。その手にぞくりと御堂が震える。それが面白くて、克哉は何度もその手を這わせた。
そうして、内腿で、手を止める。
「ここがいい」
御堂は怯えた眼差しで嫌だと首をふる。だが、それを否定するように克哉もまたゆっくりと首を振った。
「本当は嬉しいんだろう?独占されたくて、たまらないだろう?愛されてると感じられて、嬉しくて嬉しくてたまらないくせに」
そういって、さわりさわりと内腿を撫でる。その手の動きは、ゆっくりで、しかし大きく、御堂のモノを触れるようになで上げては、また内腿へと戻る。その動きに、御堂の息がまた荒くなる。
苦しそうに、それでも御堂は首を振る。その身を覆う嘆きを薄く眺めながら、克哉は御堂を床へと押し倒した。
「大丈夫。分かっていますよ。なかなか素直になれないところも。
本当は、嬉しくて嬉しくてたまらないんですね」
克哉の顔にはりついた笑みは形を変えない。その瞳に静かに浮かぶのが静かなる狂気であることに、御堂は気付き激しく身悶えた。
「ううううううううううううう」
腕の下で悶える御堂の腹に左膝をつけて圧し掛かると、御堂の上半身が抵抗してがちゃがちゃと揺れた。しかし足は、克哉の右手に押さえつけられてぴくりとも動かすことが出来ない。
その状態で、身体を折り曲げた克哉の左手が床に転がる焼印を、そっと手に取った。
瞳が、懇願するように涙に濡れる。それは、耐えられない。それは無理だと目が助けを求める。
「御堂さん。愛していますよ」
膝で押さえつけたまま、上から見下ろして克哉が言った。
御堂の瞳が大きく見開かれる。

ゆっくりと振り下ろされる手。
今から御堂が聞かせてくれるであろう、声な悲鳴を想像して克哉の胸は高鳴りを見せる。
「ああ、やっぱり動くあなたはいい」
嬉しそうにそう言って、御堂の白い肌へと赤く焼けた鉄が押し付けられた。


そうして。
肉の焼ける音と、嫌な匂いがして、
ネクタイに阻まれた御堂の悲鳴が闇夜に溶けて、
御堂の目はまた、
光を失いどろりと濁る。












闇夜に、やがて雨が降りはじめる。
覆った雲は、もう空を映してはくれない。

雨は、あえぬ二人を嘆くのか。
それとも、
もう二度と
会いたくないと嘆くのか。
川は流れて、水は流れて、時は流れて、
繰り返しても繰り返しても、

もう、元の場所へは還れない。




「御堂さん。
また、来年会いに来てくださいね」

そう言って、克哉は赤く焼け爛れたしるしへと、舌を這わせた。














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