「う、うぅ……」
ろくに言葉も知らない青年が、豪華な天蓋付きのベッドの脇で苦しそうなうめき声を上げている。
赤色に染め上げられた部屋に、極度に色の白い子供は紛れることもできず、隠れる場所のない部屋の片隅で怯えて震えている。
その上にのしかかっているのは、佐伯克哉だ。恐慌状態に陥ったアキを意に介することもなく、暴れる体を無理矢理に組み強いて、コトをはじめようとしていた。
アキが求める暴力など与えてはやらない。おびえて堅くなったアキの体を、克哉の掌が絶妙な加減でまさぐる。産毛の上を触れるか触れないかのぎりぎりのところで撫であげて、そのまま胸の飾りへと触れる。体がぴくりと反応するのを、克哉は見逃したりはしなかった。
「痛みじゃなくても、感じるだろう?」
話しかけられても、アキはおびえた表情を浮かべたままだ。唇がひくひくと動くが、意味をなす言葉にはならない。恐慌状態に陥っているのか、唇の端に泡がこびり付いている。
舌でも噛みかねない状態だったが、克哉は気にせず勝手にコトを進めてゆく。
「別に俺は、このままでも悪くないけどな。手ひどく強姦しているみたいで悪くない」
呟いて、怯えるアキの首元に舌を這わせる。それでも、Mr.Rから出されたゲームはこの男の調教だ。新しい奴隷として客に出すつもりなのだろう。綺麗な顔をしているし、悲惨な過去というオプションも付いている。まあきちんと調教すれば人気は出そうだ。
首輪のすぐ上から耳にかけてを克哉の舌が這う。アキは悲鳴を上げ続けている。かなりの重傷だ。
犯されること自体への悲鳴というよりは、自分自身の存在を否定されるような気がするのだろうか。
それでも、性感帯を刺激してやれば体は素直に反応している。暴力しか与えられたコトのない体は、どうやら刺激には人一倍弱いようだ。はじめは幾ら怖がろうが、きちんとそれが快楽なのだと仕込んでやれば、元々セックスに対する羞恥がない分、一度受け入れてしまえばのめり込むのも早いような気がした。
(言葉は、仕込む必要はないか)
何も知恵を持たない、暴力を振るわれることと肉欲だけで出来た人間、なんていうのは面白い見世物だろう。
「うう、ああぁ……」
恐怖を言葉に置き換えて伝えることすら出来ないから、アキはただ意味の分からないままに喉を震わせ続けている。
あまりにうるさいと客も萎えるかもしれない。そう考えて、克哉がアキの唇を唇で塞ぐ。
聞くなら、あえやかなあえぎ声のほうがずっといい。
舌を這わせてやると、唇が嫌がるように閉じる。それでもまだ声を出そうとしているのか、喉奥からはうめき声が聞こえてくる。
舌を噛まれてはたまらないから、まずはじっくりと唇の周りを舐めあげる。唾液でたっぷりとしめらせてから唇で挟み込んで柔らかさを楽しむ。
じっくり時間をかけていたぶっているうちに、疲れたのかようやく声が止んだ。息が苦しくなったのか、唇が薄く開く。
その瞬間を逃さずに克哉の舌が口内へと滑り込む。アキの舌を捕まえて絡めとり吸い上げる。
動揺したのか体が少し震えたが、気にせず舌を絡めてやると、案外従順にアキはされるがままになっていた。暴れていた体からもようやく力が抜ける。
おずおずと舌が動き出す。それはけして拒否ではない。気持ちいいことにようやく気がついたのか、舌はぎこちなく克哉の舌に絡んできた。
アキは母親の商売を通してしかセックスをしらない。
体を暴かれることは嫌っても、キスそのものにはさほどのトラウマは抱えていないだろうと思いためしてみたが、思った通りだったようだ。
アキを産んだ商売女は、足を広げる相手にいちいち唇など明け渡していないのだろう。
息が苦しくなったので、一度唇を離す。追いかけるように唇が追ってきたが、無理矢理に離してやる。物足りないような表情を浮かべたのをみて、克哉は薄く笑った。
「気持ちいい、だろう?」
答えの代わりに、アキは小さく呻く。先ほどのような恐怖ではなく、せがむような声色だ。
克哉は優しく髪を撫でながら、再度唇を合わせてやる。
「ん、ぅ……」
今度はアキのほうから積極的に舌を絡めてきた。
まだ幼い頬が紅潮している。興奮しているのだろう、アキのモノも起ち上がりはじめている。
目を閉じることすら知らないアキの瞳が、赤く潤んでいる。
今度は息苦しくなって、アキが唇を離すまで好きなようにさせてやった。
「そんなに気にいったのか。もう、ここもこんなになってる」
言いながらアキの股間へと手を伸ばす。
触れるか触れないかのぎりぎりのところで、軽く撫で上げてやるとアキの身体がぴくりと震える。
それは先ほど見せた恐怖から来るものではなく、己の身体に走った刺激によるものだ。
「う、ぅ……」
不安げな表情を見せながらも、アキは克哉の手の動きをじっと見ている。
「怖くなんか、ないだろう?」
優しく声をかけてやりながら、少しずつ手に力を加えてやる。
薄く開けた唇から、少しずつ荒くなりはじめた吐息が、アキの変化を如実に語っている。真っ青だった頬にも、赤味がさしてきていて、こうして見ると年頃の少年そのものに見えた。自分より年上の人間ばかりを調教してきた克哉にとっては、同世代のアキは確かに新鮮で、初々しい反応も悪くない。退屈しのぎには、確かにちょうどよさそうだ。そう思いながら、アキの身体を優しくまさぐる。
「んぅ……。あ、ぁ」
アキの身体の芯をこねくり回しながら、間にキスを何度か挟んでやる。
こんな優しいセックスなど、この館に来てから(ということは生まれてこの方)したことなどなかったが、アキには与えてやっても悪くないように思えた。何も知らない無垢な身体が、自分の思うとおりに姿を変えるのは、それなりに興奮する。
「お前には悲鳴よりも、享楽を教えてやる」
一人ごちて、克哉はまたアキの柔らかい唇へとそっと舌を這わせた。
(案外、簡単だったな)
自分のモノを口に含ませているアキを見ながら、克哉はそんなことを考えていた。
Mr.Rに新しい玩具としてアキを与えられてから、けっこうな時間が経った。正確にどれだけの時間が経過したのかは、自然光の差しこまないこの館では知ることができないが、眠った回数だけでいえば、一月以上が経過していてもおかしくはない。
夢中になって舐めしゃぶっているアキの瞳はあいかわらず虚ろだが、以前のように性的なことに対して異常な怯えを見せることはなくなった。会話はしつけていないから何も話さないが、こちらの命令の意味はきちんと弁えている。咥えろといえばきちんと舌を這わせるし、足を開けと言えば瞳を潤ませながらおずおずと足を開く。ぎこちなさが残るが、それもまた愛嬌だろうと思ってそれ以上に躾けることはしていなかった。
「アキ、もういい。入れさせろ」
口いっぱいに頬張ったままで、アキが翡翠色の瞳で克哉を見上げる。その瞳には何の交じりけもない。ゆっくりと口を開くと、唾液が口の端に伝った。
自分と似た年の頃だろうアキが、自分を見つめるその瞳には、何の怯えも恐怖もない。嫉妬も媚びも何もない。克哉の言葉に従うことに対して、何の疑問も抱いてはいない。
何も身につけていない細い身体を床に転がすと、克哉はアキの足の間へと手を這わせる。克哉の瞳をじっと見たまま、アキが克哉の背に手を伸ばしてくる。何をするのかと思えば、ぎゅっと抱きついてきた。
「……」
アキの、少し高くなった体温をシャツ越しに感じる。汗ばんだ肌は、しっとりとしていて少しも不快には感じなかった。
「う、うぅ……ぁ」
いつものようにうわ言を繰り返しながら、克哉にされるがままアキは体温を高めてゆく。瞳は涙に潤み、光を乱反射させている。金色の髪が、さらさらと克哉の動きに合わせて揺れている。かき乱してやると、克哉の指先が流れるのが気持ちいいのかアキが目を細めた。
他の奴隷に対しては感じない愛着のようなものをアキには感じた。恋愛感情ではない。そんな感情を持てるほど、この館での暮らしは真っ当ではなかった。愛情なんて、狂気と錯覚と新興宗教の一種に過ぎないと、克哉は半ば本気で考えていた。気が狂ったように愛や恋を語りながらこの店にいる人形達に腰を打ちつけるこの店の客には反吐がでる。館の主は何を考えているかすら分からない、心を許せない異形だ。
だが、アキはそのどれにもまだ染まってはいない。世間にも、この館にも。克哉があの世界と自分に拒まれてここで育ったように、アキもまたあの世界の匂いを感じなかった。世界に拒まれた人間特有の不健全さに、克哉は一種の共鳴を覚えていた。
ただ克哉の教えたことだけを吸収して育ってゆく目の前の愛玩に、克哉は少なからず情のようなものを感じるようになっていた。それは多分、ペットを飼うのに似たような感情だ。
「我が王。今日もご機嫌麗しく」
コトが終わり後始末をアキにさせている時に、部屋に入ってきたのは黄金の髪黒ずくめの悪魔。
「何のようだ。ルイン」
たった一人その名前で男を呼ぶ克哉に、Mr.Rは嬉しそうに目を細めた。
「すっかり、私の差し上げた玩具を調教し終えたようですね」
アキが、ビー玉のような瞳でMr.Rを見上げている。その顔が少し不安に曇ったように見えた。
「アキ、手が止まってる」
精液でべとついた身体を蒸らしたタオルでアキに拭わせる。Mr.Rから目をそらすと、アキはまたおずおずと克哉の身体へと手を這わせた。
「ゲームは、我が王の勝ち、です」
「……ゲーム?」
はじめは、何のことか分からなかった。ややあって、アキのことを言っているのだと気づく。今まで、何人も与えられてきた克哉の奴隷達は、すべてゲームという名目でMr.Rから与えられた。いずれも難有りな人間を連れて来ては、克哉に調教させる。調教が見事成功すれば克哉の勝ち。
ご褒美は、なんなりと。そう言ったMr.Rの笑顔を思い出す。
「この名もなき子供はすでに調教を無事終えられました。どこに出しても恥ずかしくない、立派な奴隷です。一人前に育ったのですから、この子供はしかるべきところに出しましょう。さぁ、我が王。ご褒美は、何がいいですか?」
いつものように、張り付いた笑みを崩すことなくMr.Rが克哉に問いかける。克哉は、しばし押し黙って、どう返すべきか考えていた。
「名もなき子供、ではない。……アキだ」
「ペットに、名前をつけたのですか? そんなことをしては情が移ってしまってよくない、と、以前お教えしたはずですが」
克哉は何も言わずアキの髪を撫でる。自分の頭の上でどんな会話が行われているか理解できないアキは、無心に克哉に奉仕している。
「我が王ともあろう方が、もしかしてこの子供に執着なさるのですか?」
Mr.Rの目が細められる。そこに幽かな嘲りを感じて、克哉はかっとなった。
「そんなことはない。人間なんて、誰も同じだ」
言い捨ててアキの腹を蹴る。アキは、抵抗もなくそのままごろりと床に転がった。
「そうですか。では、この子は連れてゆきますね。ご褒美はいつものようになんなりと。あなたの望むものをご用意いたしましょう」
Mr.Rはそう言うと、床に転がったアキの首輪を引いた。首が締まって、アキが苦しそうな顔をしている。けれど暴力を愛だと思い込んだ子供は、けして抵抗することはない。
そのまま引きずられながら、アキが克哉のほうを見た。
その瞳は、何一つ理解していない。克哉のことを信じきった瞳のままで、きょとんとした瞳が克哉の言葉を待っていた。
克哉は何も言わない。
瞳と瞳が交わったまま、アキが引きずられていく。
アキの唇が、何か言おうとした。
けれど、言葉を知らない子供は何も言うことはないまま、扉の向こうへと消えた。
その目が、扉が閉まる寸前に、少しだけ歪んだようにも見えた。
(ご褒美)
小声で呟く。
何も欲しいものなど、思いつかなかった。
何か足りないようなその胸の空虚を埋めるものが、克哉にはどうしても思いつかなかった。
続く