「失礼します」

M.Rが扉をノックする。中からは「はい」、とも「いいえ」、とも返事は返ってこない。中からは掠れるような喘ぎが途切れ途切れに聞こえてきていたが、Mr.Rは意に解することもなく、ノブを引き部屋へと滑り込んだ。部屋の中には、克哉が黒い革張りのソファに座り、足を組んで座っている。その姿はまるで王座に座る幼い皇帝のように気高く、世界を見下ろすようにして自分の足元に寝そべるもう一人の男の頭を踏み敷いていた。踏みつけにされているのは、克哉より十以上年上に見える、青年。たった一週間前、Mr.Rがこの部屋に男を突き落とした時にはスーツ姿だったが、今克哉の足元にいる男は首に付けられた革の首輪以外は全裸な姿で四つん這いになり頭を踏みつける克哉の足を甘んじて受け入れていた。ソファの上に君臨する我侭な王者は、いまだ育ちきらない幼い身体を贅沢なソファに埋めながらふんぞり返っている。その手には赤い鞭が握られていた。

「何をしにきた?」

入ってきたMr.Rに、ちらりと目線を移す。上目遣いの目は冷ややかだ。克哉の足に踏みつけにされた男は、Mr.Rがこの部屋に入ってきた瞬間に、嬌声を途切れさせて怯えたような瞳で見上げていた。右手は己の男根へと伸び、たった今まで己を慰めていたのが分かるほどに立たせていた。びくり、と震えるモノからは先走りがした、したと床へ円を作っている。

「おや。もう、調教は完了ですか?」

虫けらでも見るような顔つきで、克哉の足元の男を見やる。男は、手を動かすことも出来ず、だからと言って手を離すことも出来ずにどうしていいか分からないというように克哉の顔を見上げている。

「続けろ」

足元の男へと冷たく言葉を投げつけると、男はほっとしたように手をゆるゆると動かしはじめた。もう、その視界の中に、部屋の入り口に立つMr.Rは入っていない。また、低くくぐもったような喘ぎ声が漏れはじめる。

「ああ。簡単に、堕ちた」

ぐい、と足を押し付ければ、頭はぺたりと床へと落ちた。床に押し付けられた顔が赤く歪むが、その鼻は悦びにひくついている。全裸の背中には、いくつも赤く裂けた様な鞭の後が飛んでいた。

「さすが、我が王」

笑顔で、小さな王の功績を称える。

「私が差し上げたいくつもの玩具を、貴方はすぐに乗りこなしておしまいになる。この男も、つい先日までは表の世界で傲慢に人を食いつぶしてきていたというのに。貴方の前には、欲望を貪る奴隷でしかない。昨日この男の最後の理性が切れるあの音、遠くに居てもよく聞こえました」

克哉の足の下では、男が無心に己の欲望を扱きあげている。それを無感動に見て、克哉はその頭を蹴り上げた。うぐぅ、と変な音が喉奥から漏れて、男は無様に横に倒れる。それでも恍惚とした表情も、己を擦り上げる手の動きも変わらなかった。

「もう、このゲームはクリア、でいいんだろ」

克哉はソファの上でつまらなそうに足をぶらぶらとさせている。このゲームは、堕とすまでが楽しい。Mr.Rの寄越す人間は老若男女様々で、その気質もプライドの高い奴から元々Mっ気の強い奴まで様々だったが、それを手を替え品を替え、様々な方法で堕としていくのは確かに楽しく興奮する。どんなに歯ごたえがある、理性に塗り固められた人間も、一週間もすればここに一生住まい、そうして身体のうちに巣くう醜い欲望を曝け出して生きていくことに慣れて行く。そしてミッションコンプリートの瞬間は何にも変えがたい快感が背筋を這うが、こうして堕ちてしまえば従順な下僕に多少の愛着は沸くが、それ以上の感情は何も浮かんで来ない。

Mr.Rに王と呼ばれた意味も今なら分かる。自分は、どの種の人間に対しても、その上に君臨することが出来るタイプの人間なのだと思った。自分が振るう鞭に、投げかける罵倒に、与える甘美な餌に逃げられる人間など居ない。矮小な人間の心理など、いくらでも見透かすことが出来た。行動や心理を予測して、身の内に欲しがっている答えを出すことなど簡単だった。元々は持っていないはずのものを勝手に与えて、それが自分のうちに巣くっていたものだと暗示をかけるのも簡単だった。身体のどこをどう触れば善がるのかも、Mr.Rの手管を見ていればすぐに覚えることが出来た。Mr.Rはけして自分に何かを教えた訳ではなかったが、いつも自分の目の前で人を甚振り、堕ちるまで調教していた。それを見ていればコツはすぐに覚えることが出来た。

「ええ。ゲーム、クリアです。この豚も、いい見世物になるでしょう。有難うございます。さすがは我が王」

出来のいい教え子ににっこりと微笑んで、その手を伸ばし克哉の足元にしな垂れる男の首輪を直接首から掴みあげた。ぐえ、と息が詰まった男が声を漏らすが、窒息がいい具合に興奮を呼んだのか、下腹からは白い液が溢れて飛んだ。

「ご褒美、何が欲しいですか?」

男は首をのけぞらせた姿勢で、Mr.Rの足元に足を折っていた。口からは、乱れた息が漏れている。が、それを二人ともまったく気にはかけないで言葉少なな会話を続ける。

「ご褒美……」

克哉はうーん、と考え込んだ。その姿は、存外に幼く、年相応の若者に見えた。本当ならば受験勉強に追われているはずの年の頃の子供そのものに見える。手酷い嗜虐の気質とは裏腹に見せるあどけない顔立ちもMr.Rは気に入っていた。

「スナック菓子、食べたい」

絢爛豪華な日々の食事は呆れるほどに良く出来ていて美味しくもあったが、それでもたまにはジャンクなお菓子だとか、カップめんだとかそういうものが食べたくなる。そう思うくらいには克哉はまだまだ幼い子供でしかない。

「おや、そんなものが食べたいのですか?」

Mr.Rは案外その返答に嬉しそうな顔をした。

「いいですねぇ。人間一人を壊したご褒美が、そのようなたわいないものというのは。実に貴方らしい。あれも、人間の一つの強欲の形ですから、なんなりとご用意させましょう。何がお好みか、また教えて下さいね」

そう言うと、Mr.Rは男の首を掴み、そのままずるずると引き摺って連れて行った。部屋はまた一人になる。頭の中では、何を頼もうか、スナック菓子の名称をいくつかあげながらソファに横になりうたた寝をはじめた。次のゲームがはじまるまで。

 

 

 

時計もなく。窓枠は存在しているのに日の光の明るさも陰りも見られないこの世界には、時など存在しないのではないかと思っていた。窓にかけられたカーテンは、何を遮る訳でもなく、開いたままになっている。窓は、鉛で固められたかのようにびくとも動きはしない。すりガラスの外に何かの気配が見えることもない。だから、ここには時などは流れていないのだと思っていた。けれども、鏡の前に映る自分は、ここに来たときよりも背が伸びた、気がする。変声期を迎えているのか、声が思うように出せない時もある。ここにいる有象無象達の顔ぶれはいつも違うようにも見えたしいつも同じようにも見えたから、自分以外の誰かを通じて時間を意識したことなどなかったが、時間は、どうやらここでも流れているらしい。

そんなことを思うのは、目の前に居る男が、自分の最初の記憶のときから何の変化も見せないからだ。その男の主体そのものもそうだが、着ている服さえも傷む様子も見せず、そのままの姿でそこにある。薄く笑う表情が崩れるところすら、一度も目にしたことは無かった。まるで壁に張り付いた鹿の剥製のように時を凍らせた男は、埃を積もらせることもなくずっとそこに居た。この世界でおかしいのが、自分なのか。それとも目の前の男なのか、それを克哉は考えあぐねていた。

Ruin

背中を向けている男にそう声をかけた。すぐに、同じ笑みを貼り付けたままMr,Rがこちらを振り返る。

「どうなさいましたか。我が王」

僕のようなふりをした悪魔が、そう問いかける。自分の心くらい軽く読めるであろうに、何も知らないふりをしてそう問いかける。その、何もかもを手の平で転がすような所業に苛立ちながらも、克哉は足を組み替えて、Mr.Rを睨みつけた。

「飽きた」

そう言って、足元に蹲る奴隷を蹴り上げる。無様に転がるのは、口枷をされた醜い奴隷。 何かがつぶれたような音が口から聞こえるのが耳障りだ。跪いて自分が行う行動のすべてに涎をたらして喜ぶ豚に、何かをくれてやる気持ちにはなれない。何もかもが繰り返しに思えて煩わしくて仕方がなかった。

「おや。もう飽きてしまわれたのですか。仕方のない豚だ。ではもうこれは処分してしまいましょう。次はどんなものがいいですか?  どんな悦楽を楽しみたいですか?」

「……」

言われて考えてみるが、ここで与えられるもののすべてはもう味わいつくした感があり、何も楽しいことなど思いつかなかった。克哉の足は、意味もなく奴隷の腹を踏みつけている。

「どうせ、ここにいるのは気持ちの悪い性倒錯者ばっかりで、会話一つも出来ない馬鹿ばっかりだ。誰が来たって、同じことだろう?」

「なるほど。では、そうですねえ。今までとは多少趣向の違ったものを探して参りましょうか」

Mr.Rは何を企んでいるのか、口元に手を当てて何かを考えているようだった。克哉は期待しない瞳でM.Rを見上げていたが、じきに目を反らして立ち上がった。

「とりあえずこいつはもう必要ない」

踏みつけてから立ち上がると、何か食べようと部屋を出て食堂へと歩いていく。捨てていかれた豚がおうおうと嘆くのをMr.Rは無感動そうに眺めていた。

 

 

 

自分のすべてを見透かしたような男に教えられたテーブルマナーで食事を終えた克哉は、長い廊下を一人で歩いていた。どの扉の奥にも、むせ返るような生き物の匂いが立ち込めているが、その気配は何一つこの廊下まではたどり着かない。変異なる植物も、地上には存在しないはずの生物も、心もないのに動く人形達も、そこには何でもあったが、この廊下にだけはそのすべての気配はなく、ただただ静謐があたりを覆っていた。

「我が王」

突然、呼びとめる声がする。後ろを振り返れば、先ほどまで確かに気配などなかったはずのMr.Rがそこには立っている。そんな奇跡にはもう慣れてしまったから克哉はその姿を見つけても薄く視線を投げかけるだけだ。

「お望みの新しい贄を連れてまいりました」

贄という言い回しに、どうせまた似たような玩具が与えられるだけだろうと思い克哉はつまらなそうな顔をする。

「まあ、そう言わずに一度お会いになって下さいませ。少しはいつもと違う趣向をご用意したつもりですので」

そう言って、そこに今まであったかどうかも怪しい扉をMr.Rが指差す。

克哉がその扉を開けると、その向こうにはみすぼらしいベッドが一つ。その端には全裸の青年が一人座り込んでいた。

扉の中へと足を運ぶ。Mr.Rのことは気にせずそのまま扉を閉める。どうせ薄気味悪い男は、気配もなく部屋の中へと滑りこんでいる。

近くまで寄ると、青年が顔をあげた。首に赤い皮具だけをつけた男の表情を見て克哉の足が止まる。どう見ても、同世代かそれよりさらに下にしか見えない。この館には誰でも居たが、自分と同世代の人間はめったに見なかった。髪は色素が薄く金色に輝いていて、その瞳は緑がかっている。猫みたいだ。という第一印象を克哉は持った。

しなやかな肌は病的なほど白く、その体にはいくつも怪我の跡が残っていた。

青年は、克哉に気づくと何を言うでもなくその瞳をじっと見つめてきた。何の感情もこもらない瞳が何の感慨もなく自分の顔を見つめてくるのを不快に思い、克哉の額に皺が寄るが、それでも青年は克哉の感情の動きに気がつかないのかその瞳を伏せはしない。

「この子は名のない子供」

後ろから、Mr.Rの声がする。そう紹介された青年は、はかなげに微笑みを浮かべた。

「この子の母親は、娼婦でした。毎日路上で客を取っては家に連れ込み仕事をする。そういう最下層の娼婦。ろくに避妊も覚えない年から仕事を重ねたあげくに、大人になるのを待たずして子供を宿し、堕胎する金を用意できないままにこの子を産みました。けれど娼婦は子供の育て方を知らず、自分の腹を散々に痛めた子供の愛し方も知らなかった。結果彼は彼女の家のベッドの脚に生まれた時からずっと首輪の先を括りつけられて、死なない程度の食物だけを与えられてただそこにいた」

  自分の紹介する男の声の意味を分かっているのかいないのか。青年は、ただただ克哉の顔を見つめている。その顔に、不幸は浮かんでいない。

「娼婦は、この子を徹底的にいないものとして扱った。心を病んでいた彼女はもしかしたら本当に、彼の存在を忘れていたのかもしれません。彼はベッドの上で他の男を咥えこむ母親だけをじっと見つめて生きていました。そんな彼が誰かに見つめ返すのは、彼女が取った客が、彼の眼を気に食わないと言って殴りつける時だけ。母親と見ず知らずの男の情事を見つめ続ける子供の目が気に食わない男はたいてい子供に暴力をふるいました。

無視されるか、暴力をふるわれるかどちらかしか知らなかった子供は、その中で己を殺さず生き延びるために、暴力をふるわれることを愛するようになった。手酷く扱われることこそ、自分の生きる意味だとそう思ったのです」

Mr.Rが告げる物語はこの世のものとも思えぬ悲劇だったが、語るものはそれを楽しい睦言のように語り、語られた対象はそれが我が事だとも気づいていないのか、克哉を見つめ続けることをやめず、物語を聞きながらその主人公を眺める克哉にも、その悲劇の物語を嘆くような心は持ち合わせていなかった。

 

 

 

「名前もないんだって?」

Mr.Rが出て行てゆき二人きりになった部屋の中で、暇を持て余した克哉がベッドの脇にしゃがみこんでいる青年に声をかけた。青年は、自分に話しかけられたのだとすら気づいていないのか、じっと二十メートル先の床を見つめている。克哉も床へと目を向けてみるが、そこにも他と同じような赤い絨毯が敷いてあるだけで、なんの変化も見受けられない。

自分の放った言葉が無駄になったことに克哉は小さな苛立ちを感じる。この世界で、克哉の放つ言葉を無視できる人間など存在しない。存在するはずがない。だって克哉はこの世界で王として君臨しているのだから。この館の主が王と決めた。だから、自分の言葉に聞き惚れ従う人間しかこの館には存在しないはずだ。なのに、目の前の青年は自分の言葉よりも、何一つ変化のない絨毯の赤色を見つめるほうを優先している。それは、正されるべきだ。そんな風に思った。

「名前、お前の名前」

髪の毛を掴んで、顔を上げさせる。ぎりぎりと、髪の毛の数本が抜けるほどの強さで掴みあげたら、ようやくその瞳が克哉のほうを向いた。ゆっくりと唇が開く。開いた奥に歯並びのあまり良くない歯と、やけに白っぽく見える舌が覗いた。

「……アレ」

年の割に下足らずな声が、喉を震わせてようやく出てくる。か細い声だが、その音色はけして悪くはない。

「は?」

「ア、レ」

聞きなおしても、帰ってくる答えは同じだ。外国人なのだろうか、と一瞬考えてから、言葉の意味に気づく。あれ=that。それはつまり、どう呼ばれてきたか、ということなのだろう。

「つまらないな」

克哉は一人ごちた。自分に忠誠を従う奴隷をモノ扱いするのは、よくやる手管だが、はじめからモノとして存在していた人間に対しては、それは何の効果も興奮も表わさない。

確かに今までとは歯ごたえが違う相手だ。そんなことを考えながら、うずくまったままの猫のようなしなやかな体を見た。髪を掴んでいた手を離すと、頭が壁に音を立ててぶつかる。その痛みに目が覚めたように薄い色素の瞳が克哉を見た。瞳が何かを待っているかのように輝いている。克哉は、先ほどMr.Rが告げた言葉を反芻しながら、その瞳の期待するものを理解し、どう解釈すべきかと考えた。元々欲しがっているものを与えてやるなんていうことは、何の面白みもないつまらない奉仕に過ぎない。そう考えて、克哉はそれ以上に青年を甚振ることはやめた。

「お前の名前、決めてやる」

何の気なしに、掴んだせいでぐちゃぐちゃになった髪を撫でて整える。線の細い髪が、手の間を通ってさらさらと零れ落ちてゆく。ろくに栄養を与えられてこなかったからか、Mr.Rの輝く黄金とは違い、その髪は薄く弱い。

「そうだな、お前の名前は、アキだ」

  その感触に枯葉舞う季節がイメージされたから、克哉は思うままにそう口にした。言われても、アキと呼ばれた青年の目の色はこれっぽっちも変わりはしない。瞬きすら忘れたように何かを待つ目に焦れて、克哉はその眼を掌で覆い隠した。

「アキ。お前は今日から俺のものだ」

覆い隠す手の内で、ようやく目が瞬きをするのを感じる。唇は薄く開いたままだ。その上に唇を重ねる。開いたままの唇は乾燥していて、舐めあげるとざらりとした。自分の唾液で充分に潤してから、口内へと舌を滑り込ませる。柔らかい感触を探し当てて絡めると、舌が逃げようとしてひっこめられる。それでもなお深く絡めれば、逃げ場を失った舌にたどり着く。奥まったところにあるそれを吸い上げる。

「んっ……」

鼻を吐息が抜けた。『いつもとは違う趣向』という割には素直に反応を返すじゃないか、と思いながらさらに官能を煽ろうと唇を合わせ、舌を潜り込ませた。舌は積極的にからんでは来ないが、抵抗しようともしなかった。それに気づいて、克哉はようやく瞳から手を離すと、アキの体をゆっくりと赤い絨毯へと横たえた。

アキと名付けた青年の腹へと手をやり、撫でまわす。二つの果実に優しく刺激を与えてやり、唇から喉元へと舌を這わせてゆく。首に付けられた首輪の間へと舌を潜り込ませて、少しだけ張った喉仏をくすぐるように舌で弄んだ。アキが小さく身じろぎするのを感じながら、彼の肉へと手をやる。まだ萎えたままのそれを掌で包み込んで、ゆるく刺激を与えてゆく。

「うぅ……」

小さく、呻き声がこぼれた。感じているのかと思い、その表情を窺うと、瞳は大きく見開かれて、歯の根が合わなないらしくかちかちと音がする。痙攣する頬は、大きな恐怖にさらされているもののそれだ。

「おい、どうした」

まだ、特に何もしたつもりもないのに、過剰な反応を示すアキを怪訝に思い、克哉が身体を離す。それでもしばらくアキはがたがたと震えていたが、しばらくするとおさまってゆき、また無表情へと帰ってゆく。のろのろと、体を起こすとまたベッドの脇へと寄り添うようにしてもたれかかった。克哉は、珍しいものでもみるようにその様子を呆れた顔で見ていた。恐怖に煽られた顔を堪能しながら己を突き立てるのも嫌いではなかったが、その恐怖の根が自分にないのではつまらない。

「変わった趣向、か」

克哉は小さく呟くと、Mr.Rが語った彼のプロフィールを頭に浮かべながら、これからどう料理してやるかを頭の中で練りはじめた。その表情は、新しいパズルを解くのに夢中になる子供のように、無邪気さと精力に充ち溢れている。

さっきまであんなに怯えをまとっていたアキは、またどろりと溶けた無表情で赤い絨毯を見つめるばかりだ。長い睫毛が落とす影は、深い。

 

 

 

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