注意書き
メガカタ権藤です。
おもいきりメガカタルートのネタバレがあります。
権藤を美化しすぎて別人になってしまいました。
これはあくまでギャグです。
ええと是非、これを読み終わったらもう一度、メガカタルートをプレイして下さい。
メガカタいいよメガカタ。








GONDOU








 それは秋風吹く季節。
 権藤は、オフィスの廊下に立ちすくんだまま、動けないで居た。
 少しゆっくりと去り行く足音に耳をそばだてながら、小さくため息をつく。
 (また、きついことを言ってしまった)
 ゆっくりと自分の腹を撫でる。それは昔からの権藤のくせだった。何か後悔した時に、自然と腹を撫でる。それは、年を取り太り出したことを気にし始めてか ら生まれた癖だった。太ってしまった自分に対する羞恥と諦めと後悔を噛み締めながら撫でているうちに、いつしかそれは、何かどうしてもやめられない嗜好や くせ、後ろめたい気持ちを感じた時に腹を撫でる癖として残った。
 今日の後悔は、傷つけたくないと思っている人間へのきつい言葉。言ってはならない、と頭が警告するのに、気付けばまた嘲るようなことを言ってしまい、そうして傷付けた。
 諦めたように笑う顔が、瞼のうちに焼きついている。申し訳なさそうに下がる眉毛は、自分のふがいなさを嘆いていた。『すいません』傷つけたのは自分なの に、自分が悪いのだと思い込んで謝罪する声も耳に何度も木霊する。こんなことをすれば、今日も後悔に眠れぬ夜を過ごすのだろうと、分かっているのに、彼を 傷つける言葉を止めることは出来なかった。仕事が出来ないことを、嫌味たっぷりにあざ笑いながら罵った。止めろ、頭の中で叫ぶ声が聞こえたのに、言葉はこ んな時にまで心とは真逆にすらすらと心を傷つけた。
 疲れたような笑顔が消えない。
 (片桐……
 二つ年下の後輩に、
 権藤は遠い遠い昔に、恋をした。
 思いは変わらない。
 変わらないのに、いつしか歪んでしまった。
 足音はいつしか遠く、聞こえなくなったが、それでも権藤は動き出せないまま、窓の外の薄曇の空を見つめ続けていた。








 それはまだ権藤が今の半分近い体重だった頃。
 バブル景気は大きく日本中を飲み込み始め、ソウルオリンピックやイラン・イラク戦争の停戦、ドラゴンクエストVの発売など、世間中が浮かれ騒ぎだしていた。
 上司や営業先に媚びへつらうことにも慣れ、接待で呑む酒やお触りOKな女の子とのお楽しみに夢中になり、連日タク券を切って高いびきをかきながら夜遅く に家に帰る。そうしてそれが営業という仕事の大多数を占めるのだと、なんとなく思っていた。もともと口が上手く、心にもないような世辞を言うことも、場の 空気にあわせてその場その場で表裏を返すこともなんとも思わなかった。それが、仕事をするということなのだと思っていたし、事実自分は同期の中では、そこ そこ成績が良かった。あくまで、そこそこ、ではあったが、過半数が自分より下であるという事実があればそれでよかった。そこそこの優越感を刺激されて、そ こそこ楽しく、そこそこの給料を貰う。バブルに誰もが浮かれる中、権藤はその暮らしに満足していた。そこそこに。
 「はじめまして。今年二課に配属になりました。片桐と申します」
 紺色のださいリクルートスーツを着た若者が頭を下げたのは、入社して三年目の春。はじめて自分と同じ課に配属になった自分より年下だった。地方国立卒、 という、まあ普通過ぎるくらい普通な学歴の若者は、いかにも田舎モノといった風情。東京に出てくるのがはじめて、という片桐は、何故営業がメインのこんな 会社に入ったのか分からないくらいに口下手で、大よそ営業が似合うとは思えない、というのが第一印象。
 年が近いほうが向こうも話しやすいだろう、ということで面倒を見るように上司に言われた。正直上に媚びるのは得意だが、下を育てることにはまったく興味などなかったから多少面倒なことになった、と思ったが上司の前では『頑張ります!』と笑顔で答えた。
 「右も左も分からない新人ですのでご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
 今時珍しいくらいに馬鹿丁寧な挨拶をしてきた片桐をちらりと横目で見る。純朴そうな顔は、これから社会に出るというきらきらとした喜びが目に表れていた。
 (どうせ一年もすれば東京に塗れるだろうけど)
 斜に構えた目で片桐をちらりと見やると
 「どうも」
 とだけ返してまた仕事へと戻った。まだ何の仕事も言い付かっていない片桐は何をしていいのか分からなくて、戸惑ったような顔をしたまま権藤の斜め後ろに 立ったままぼけーっと突っ立っている。それに気付いてはいたけれど、気付かないふりをして、営業の報告資料をかりかりと書き続けた。
 「あ、あの……
 ようやく片桐が声をかけてきたのは、一枚目の資料を書き終えた頃。
 「何?」
 「僕は……何をすればいいですか?」
 ようやく勇気を出したのだろう、少し額に汗をかいている。
 「ああ……喉、渇いた」
 椅子に目いっぱい背をもたれかけさせて伸びをしながら、ちらりと片桐のほうを見てそう言った。
 「お茶」
 それだけ言うと、また仕事へと戻る。突然の要求にあたふたとしながらも、片桐ははじめて与えられた仕事をこなそうと、お茶を注ぐために給湯室へと入って いく。しばらくすると、給湯室から何か大きなモノを落とすような音が聞こえ、それからお局様の呆れたようなたしなめ声が飛んでいた。
 やや遅れて、とぼとぼと多少肩を落としながら片桐が自分の元へと戻ってくる。
 「遅くなってすいませんでした……。お茶です」
 そう言いながら、お盆の上でカタカタとお茶が震えていた。
 「ん」
 顎で机を指すと、そこにお茶が置かれる。目の端でちらりと見る。やけに緑が薄い。ものすごく薄い。お茶なんか、注いだこともないのだろう。まあ自分だっ て、ろくに日本茶なんか、注いだことないけど。きっと水の味しかしないまずそうなお茶には手をつけずに、さらに仕事を進めていく。片桐はお盆を持ったま ま、また自分の隣につっ立っている。
 「何をやってるんだ片桐君。ちゃんと自分の席に座りたまえ」
 課長に怒られて、慌てて自分の席に座る片桐を横目で見ながらほくそ笑んだ。後輩育成なんて面倒くさいだけだけど、この天然は、からかって楽しむには申し分なさそうだと。







 片桐と席を並べるようになって半年が過ぎた。いくら自分が酒・女・口を使った営業を教えてやっても、何一つ学ぶことも出来ず、東京に来て半年も経つのにその朴訥さを一つも変えることのない後輩は、さしたる成績を上げることも出来ないまま、それでも自分と席を並べていた。
 ドジでのろまなカメは、あれから毎日自分の机に朝一にお茶を置く。はじめは薄すぎたり熱すぎたり温すぎたり濃すぎたり茶葉が入りすぎたりしていたお茶は、いつしかだんだんとまともな味になっていき、気付けばお局が注ぐお茶よりも美味しく、自分好みになっていた。
 「権藤さん、今日は新しい茶葉を買ってみたんです。感想聞かせて下さいね」
 屈託なく笑う二十代前半らしからぬ台詞に、ため息をついた。
 「片桐さあ、この半年で身につけたのってお茶の入れ方だけ?」
 そう言って、壁に貼られた営業成績表をボールペンで指してやる。権藤はこの課で三位の成績。そして片桐の欄にはまだ、赤丸の一つも貼られてはいなかった。
 「はぁ。いつも色んなことを教えて頂いているのにすいません……。僕はどうしても口下手で……。権藤さんみたいに、上手なことが言えればいいんですが、 言おう言おうと思ってもなかなか言葉が出てこなくて。ああでも、お茶、美味しかったですか? 権藤さんの好みに合いましたか?」
 「茶は……美味かったけど」
 嫌味をどストレートに返されてしまい、それ以上何も言えなくなってまた茶を啜った。熱すぎず温すぎないお茶が、胃へと通り落ちていく。思わずほっと、一息ついた。
 「美味しかったですか? それは良かったです」
 嬉しそうな声。お前はそれでいいのか? そうまた嫌味を言いそうになったが、自分の言葉を受けて本当に嬉しそうに笑う表情を見て、止めた。
 「なあ、今日も外回りだろう? いいのか、こんなところで油を売っていて」
 声をかけると、「ああああああ」 絶叫が響いて、パニックに陥った片桐がどうにかこうにか資料を集めて、そうして走り去っていった。その机の上には、片 桐自身のために入れたであろうお茶が一つ湯気を立てたまま。それを右手で取り上げると、ぐっと飲み干してまた、ため息をついた。
  
 営業先を三つ回った後、報告書を書きに社に戻ると片桐がまた課長からこっぴどく絞られていた。聞き耳を立てると、朝約束していた取引先との打ち合わせに 遅刻をして、先方を酷く怒らせてしまったらしい。すいません、すいません、と何度も謝る声が遠くから聞こえてくる。お前なんか辞めちまえ、短気で有名な課 長の声がヒステリックに室中に響いて、周りの社員も全員首をすくめながら「またか……」なんて言っている。それをちらりと見やりながら、自分の席に着い た。朝飲んだ湯飲みが自分と片桐の席に置いたままになっている。
 朝、遅刻した理由。
 ……忙しいのに、自分に茶を入れていたから、じゃないのか。
(あの、バカ)
 朝一からそんな大切な仕事があるなら今日一日くらい、茶を入れるのをやめてもいいだろうに。
 「またミスをしてしまいました」
 席に着いた片桐は心底落ち込んでいるのか、目に涙さえ浮かべていた。多分片桐のことだから、上司に怒られたことよりも、相手先に迷惑をかけてしまったこ とに落ち込んでいるのだろう。社は定時を過ぎ少しずつ人も減り始めていたが、今から遣り残した仕事をやるつもりか、机の上には資料が積みあがっている。
 「本当に要領悪いのな」
 言いながら、自分の机に置いたままになっていた湯飲みを片桐の机にどけて、提出するための資料を机の上に置いた。
 「あ、お茶のお代わり入れますね」
 慌てて片桐が席を立とうとする。
 「違う。そうじゃなくて、片付けといて。……美味かったって言ったけど。仕事に遅刻するくらいなら、もう入れなくていい」
 言うと、片桐はまた席に深々と座りため息をついた。
 「そうですよね……。遅刻してしまっては駄目ですよね……。分かりました。明日からはもっと早く来てお茶の準備をします」
 涙を拭いながら決意を新たにする片桐の言葉を聞いて、権藤は頭を抱えた。
 「まあ、それでもいいけどさ……。ほんと片桐って、営業向いてないよな。事務とか総務とかに回ればいいのに。なんで営業志望したの?」
 頬づえをつきながら隣に聞く。
 「僕は、山口のど田舎に生まれ育ちました。お医者さんは、山を越えた先の町に一軒。あとは町の中に一軒薬局があるだけでした。いつも、何か病気や怪我を するとみんなして薬局に行くんですが、取り扱いが一部メーカーの物しかなくておなかが痛いというとおなかのどこが痛いにも関係なくこれ、風邪だったら鼻水 でも、熱が痛くてもこれ、という風にあまり選択肢がありませんでした。僕の母も昔から身体が弱かったので、そこの薬局が処方してくれた漢方みたいなものを 呑んでいましたが全然良くならなくて、結局大変なことになってから医者に行ってきちんとした薬を処方してもらったらけろりと治りました。それまで十年以上 も苦しんでいたのに、です。僕は、文系な人間ですから医者にも薬剤師にもなれません。出来るなら田舎の町なんかにも、きちんとお薬がいきわたるようにした いんです。MGNさんに入ることは無理でも、この会社はMGNの薬を営業して色んな薬局さんに卸すお仕事なのだと聞いて、それなら僕の力で色々な町に薬が 行くきっかけになるんじゃないかと思いました。だから、僕は営業がしたいんです」
 片桐は、とてもまっすぐな瞳でそう言った。馬鹿みたいにまっすぐに、夢を語った。自分にとっては、単にテクニックで成績を勝ち取るためのゲームでしかな かった仕事に、信念を持って取り組んでいる……。その事実は何故か権藤の胸を熱くした。権藤は片桐の横顔を見た。いつもと同じように優しい笑顔を浮かべて いる。けれどその顔が見る先は遠い。
 「まあ、そんだけ信念持ってても遅刻しちゃ意味ないわな」
 そう、いつものように憎まれ口を叩きながらも、権藤は胸の中に生まれた甘い疼きを消せないで居た。

 

 

 

 

 

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