D-2







「おい、御堂・・・御堂・・・」
そう言って、肩を揺すった。
それでも、御堂はうなだれたまま動かない。
「御堂?」
様子を伺おうとして、御堂の元へとしゃがみこんだ。
「・・・もう・・・やめてくれ・・・」
かすれて震える、小さな言葉。
その言葉にはっとして、御堂の顔を見る。
彼の端正な顔から、涙が頬を伝った。
「御堂?」
御堂の散々イって、ぐったりとした身体から、力が抜けていく。
我に返ってみれば、
御堂の身体は、鞭に至るところが赤く腫れあがっている。
「・・・もう・・・」
涙が、どんどんと溢れてくる。
その光にぞくりとした。
御堂の身体ががたがたと震えだす。


「・・・御堂?」
「・・・何故、お前が、ここに居るんだ・・・」
克哉から顔を逸らすようにして、右を向いた。
俯くと、髪が顔に張り付いて御堂の表情を隠す。
「なんで・・・」
身体が嗚咽に震えている。
克哉は唖然として、手に持っていた鞭を落とした。
からん、と、床に落ちた鞭の音が響く。
「・・・目、覚めた・・・のか・・・?」
御堂は身体を折り曲げて、下を向いて涙している。
「何故・・・」
薄く目をひらけば、そこには全裸で白濁に満ちた自分の姿。
赤い痕が体中に散る姿はいつかの自分そのままで。
もう二度と会うことのないはずの男が目の前には居て。
「どうして・・・」
いくつも、いくつもどうしようもなく涙が溢れてくる。
叫びすぎてしがれた声の下、うめき声が聞こえてくる。
「何故貴様がそこにいる・・・」
低い声で呻きながら、御堂がゆっくりと顔をあげた。
涙が溢れる瞳は真っ赤に腫れている。
「・・・何故だ佐伯」
後ろ手に縛られた腕を、振りほどこうと乱暴に揺らすが腕は振りほどけない。
「また私を縛るつもりか・・・」
憎しみに満ちた瞳が、克哉を射抜く。
「また私を殺すつもりか!」
毒を吐くように叫ぶ。

克哉が、その視線を捕らえて、
そっと手をあげた。
御堂の頬を、両の手で包む。
「御堂・・・さん」
声が震える。
「・・・目が、覚めたのか・・・」
眉をしかめ、せつないような表情を浮かべた克哉に、御堂の目が大きく見開かれる。
「・・・良かった・・・」
そう言って、御堂の身体を激しくかき抱いた。
強く、強く、力の限りその身体を抱く。

ずっと、ずっと願っていた。
目が覚めることを。
ここへきてからずっと。
否。
あの部屋で御堂が心を閉ざしてから、ずっと。
御堂が、御堂に戻ることを、心の底から願っていた。

たとえ、自分に向けられるのが、憎悪であったとしても。



「御堂さん、御堂さん、御堂さん・・・!」
思いのたけをすべてその名を呼ぶことに変える。
暖かい身体が自分を包んでいるのを、御堂はただただ感じていた。
きつい抱擁に、身が軋む。
「・・・さえき・・・」
御堂の瞳からまた涙が一粒零れて堕ちた。
そうして、御堂の首がそっと克哉の首元におちる。
動かすことのできない手のかわりに。

そっと、
抱きしめるように。





「おめでとうございます。貴方の勝ちです」
そう言ってMr.Rはあっさりと自分達を解放した。
いつもの、あの何を考えているか分からない笑みを最後に世界が反転し、
気付けば御堂の部屋に居た。
自分が御堂の家を出た時から、いったいどれだけの時間が立っているのか。
窓際の観葉植物は枯れていた。
「・・・帰って、きたのか・・・」
思わず呟く。
全裸のままの御堂のために空調をつけると、少しかび臭いにおいがした。
やや遅れて、後ろを振り返る。
御堂は、ソファに座りうな垂れたまま、動こうともしない。
そのままでは寒いだろうと思って、寝室から、毛布を取ってきてふわりと被せてやった。
「御堂、さん・・・」
声をかけるが、御堂は反応しない。
沈黙に耐えかねて、踵を返し、
「何か、飲み物と食べ物買ってきますね。お腹、すいたんじゃないですか?」
そう言って家を出ようとしたが、かすかに嗚咽が聞こえてきて足が止まった。
「・・・御堂さん」
振り返れば、御堂が右手で顔を覆っていた。
肩が震えている。
電気もつけない部屋は夕闇に薄暗い。
赤い夕焼けが、御堂の身体を染め上げていた。
「・・・どうして、
目覚めさせたりしたんだ」
聞き取れないほどの小声で、つぶやくのが聞こえた。
「・・・」
答えられない。
どうして。
その問い掛けに何か答えなくては、と思うけれど、
それが『何故』なのか、御堂が納得するような答えが浮かばなかった。
「み・・・」
それでも話しかけようとするが、
「どうして」
強く、遮られた。
手の甲の下から、流れ行く涙が見えた。
痩せてしまった肩は小さく見えて、鎖骨の窪みが影になっている。
そこに涙の粒が跳ねた。
「また、私をここで飼おうと思ったのか」
憎しみを押し殺した声が、手の下から聞こえてくる。
「・・・違う」
そうしたかったなら、お前を目覚めさせようとはしなかった。

「だったら・・・」
何故、と問おうとして、御堂の唇が止まる。
思い出したくないことを、思い出してしまった、というように、突然。
「あんたが・・・好きなんだ」
立ち尽くしたまま、懺悔するように克哉が呟いた。
「あんたを壊して・・・はじめて気付いた。
本当はあんたを好きだったってことに。
ずっと、あんたに元に戻って欲しかった。
あんたのその、誇り高さにずっと惹かれていたってことに・・・」
御堂は手を下ろし、克哉の告白をじっと聞いていた。
泣きはらした目が、血のように赤い。
「すまなかった・・・」
謝罪の言葉に、また御堂の目に涙が滲む。
「・・・なんでそんなことを言うんだ」
「・・・」
「人の人生を滅茶苦茶にして、何もかも奪いつくして塗り替えつくしたお前が、
何故そんなことを今更言う。
好きだと・・・?笑わせるな。
殺したいほどに憎んだのに・・・どうして・・・今更・・・・・・」
毛布をぎゅっと握り締めて、顔を埋めた。
「本当に・・・すまなかった・・・」
そう言って、克哉が近づく。
すぅ、と髪の間を指が通る。
何度も、何度も、指で髪を梳く。
優しい指のぬくもりが、とおっていく。
「・・・憎いなら、憎めばいい。
殺したいというのなら、殺せ。
すべてを奪ったのは俺だから、俺からすべてを奪い返せばいい」
撫でながら、そんなことを言う男を御堂は睨みつけた。
涙が止まらないその瞳で克哉を見つめると、その手首を掴んで止めた。



「お前が・・・好きなんだ・・・」
血を吐くような告白に、克哉が止まる。
「・・・どうして・・・・・」
緊張に喉が渇く。
「・・・・・好きだ・・・」
ようやく告げた、想い。
自分の中にずっとあって、でも認められずに壊れてしまった想い。
怖くて怖くて、告げられなかった、本当の答え。
「・・・み、どう・・・」 言葉に吸い寄せられるように、克哉の顔が御堂へと近づいていく。
空いた左手を御堂の方に乗せた。
御堂もまた瞳を閉じて、その瞬間を待ったように見えた。


「・・・駄目だ」
しかしその唇は重なることなく、御堂は顔を逸らした。
「駄目だ佐伯。
もう無理だ。
何もかも、もう戻せやしない」
御堂が激しく首を振った。
「御堂?」
乗せた左腕を、激しく振り払われた。
「何故私を元に戻したりした。
あんな部屋で、ずっと、何人もの男に嬲られて、お前だと思い込んで善がり狂って・・・。
・・・いや、そうじゃない。
私は、お前じゃないと知っていた。
ずっと前から分かっていて、快楽に身を落としたんだ。
Mr.R、あの男とも何度も寝た。
気味が悪いくらいに冷たい身体のくせに、酷く熱いモノで何度も突かれては
あられもなく喘いでいた。
私は、ただの淫乱なんだ。
何人もの男にいたぶられるのは最高に興奮したよ。
醜い欲望に身を浸して、それでもお前に甚振られるのよりはずっと良かった。
何も考えず・・・お前から逃げ出して、手酷く嬲られるたびに悦んでいた」
「・・・みどう」
「駄目だ。佐伯・・・。
私はもう・・・駄目だ。
あの頃の私になど戻れない。
見ず知らずの男達を、お前だと思い込むなんて・・・。
お前も見ていたんだろう?
私がお前の名を呼びながら、何人もの男のモノにしゃぶりついているのを。
お笑いだな。・・・はは・・・ははは・・・」
頭を抱えて、御堂が呻いた。
狂ったように、高い笑い声が響く。
もう一度肩を掴み、御堂を落ち着かせようとするが、御堂は壊れた視線で克哉を見ると、
また笑い出した。
「はは・・・。もう駄目だ。佐伯。
何が・・・好きだ・・・。
何故そんなことを言う。
そんなことを言うから、お前を憎めやしない。
お前が好きだ。好きだ。好きだ。
馬鹿らしい。
もう、すべて終わったことなのに、こんな私にまだ執着するのか。
はは・・・はは、は・・・」
よろめきながら、御堂が立ち上がる。
毛布を引きずりながら、窓際の夕日を見つめた。
「・・・また、夜が来る」
そう言うと、毛布を手放した。
ばさり、と音がして、御堂の足元に毛布が落ちる。
全裸の身体は、いくつも、いくつもの鞭の痕や痣が刻まれている。腕には、縄の痕。
「夜が来る。お前が帰ってくる」
そう言いながら、首を振る。
「怖い・・・」
「御堂・・・」
言いながら、克哉が近づいた。
「やりなおそう?」
手を差し伸べる。
御堂が、後ろ手にベランダへの窓の鍵を下へと降ろしたが克哉には見えなかった。
「やりなおす?どこからだ。
お前が私を壊したところからか。
Mr.Rの館からか。
それともお前が私を薬で動けなくしてレイプしたところからか。
・・・どこからやり直せばすむっていうんだ」
そう言われて言葉を失う。
「お前が好きだよ。佐伯。
お前の答えが、ずっと、ずっと知りたかった」
そう言って、御堂が笑った。嬉しそうに。悲しそうに。
「御堂!」

窓を開け放ち、そうして、御堂は、ベランダの外へと





高く飛んだ。
























BADEND











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